着をつければスクウル 死をつければおてらへ 道であるなら市内に行きます 辺なら散歩に 中なら息を止めて蹲る 筒を抱えて遠足へ 泳ぎつかれて家に帰る 曜日なんてもう忘れた 葬れ、記憶ごと、早瀬に泡に。 水は人を引くものだなあとおもうのです わたしは今でも引かれ続けている気がしてなりません。 どうして水の存在に私の内部はどこまでも風を含むのだろう。 それは海から羊水からうまれたからなのでしょうか 世界の生命は起因しているためにああこのように ひたすらに私の本能をくすぐるのでしょうか おそらく私が火を、火を知らないそれだけのことです。 |