れんじれんじ!れんじれんじれんじ!!れーんじれんじれんじ!(12:32 2008/01/18)
メリー・マルーカはきれいな娘だった、と言われているが本当のところは明らかでない。
美の基準は時代によって様々であり、昔話の主人公が不器量であったためしもないからだ。
ただ彼女の母親は宿場でも有名な美女であったというから(これについては記録が残っている)あながち誇張ではないのかもしれない。(13:50 2008/03/25)
雨の降る昼は静かだ。
父が仕入に出て行ったのでメリー・マルーカはその日も一人で店番だった。
昼時になってからは客も引き、すぐ近くの女中や夫人が庇沿いにぱらぱらと訪れては小銭を残していくだけになった。
裏手で鍋を叩く雨漏りだけが幼い耳に心地よい。
母は昨晩からどこかへ出かけている。
お医者様のところだろうか。
(日時不名)
恋は引き算だ。
愛は差し引いてもゼロにしかならない。
ああ。海抜と引力の関係に似ているのだ。
(20:40 2008/04/15)
蜂蜜戦士ペンギンマン(14:03 2008/05/09)
青春を過ごす間もなく桃の木に魂を囚われた女学生。
玖我山みのり。(14:54 2008/08/06)
時間を返してなんてそんな無茶な。(15:14 2008/08/07)
眠れ眠れ新幹線灰の雨粒浴びてなお走り続けることもない。
眠れ眠れよ新幹線明かりを消しても構わないから誰も気にすることはないから
(20:52 2008/08/25)
あんびばれんつぷろぱてぃ、、(13:04 2008/08/28)
夕焼けに置いてけぼりのこの身は今でもコンクリイトの中に居て
夜の過ぎるも知らないで
一人数字を追いかける。
(18:34 2008/09/01)
あらたまのみどりそよけきひふのうらからめのいぶきこそふたばになりぬる(21:45 2008/09/01)
家鴨のうたごえを、耳に飾って家路を辿ろう夕焼けはいつまで経っても先を照らして頬に眩しい。(19:46 2008/09/02)
葉っぱっぱ カレンダー
月めくりのカレンダー
日付ばかりを追いかけて
時間のことなど忘れてしまえ
葉っぱっぱ いかんそく
(13:45 2008/09/04)
「友達」というのは横への広がりだと思うわけ。
幾ら友達が多くてもそこは自分の帰っていく場所ではない。
友達それぞれに根が生えているのに自分にはないことを思い知るだけのような気がする。
私は下へと根付く場所がほしかったのです。
求めても仕方がないのかもしれないけれど、黙って頼って眠れる場所がほしかったのです。
(9:10 2008/09/17)
今の状態は精神のアレルギーというべきなのかもしれない。
好きなものでも一旦免疫の過剰防衛が働けば摂取するだけで否応なしに異常が発生してしまうようになる。
どんなに好きでも食べることはできない。
だったらどうすればいいのだろう。アレルギーはどうやったら治るのだったっけ。
睡眠運動質素な食事。
健康な生活をすれば、身体の様に心のアレルギーも解除されたりするのだろうか。
それだけでほんとうに治るのだろうか。治るのだろうか。
それとも諦めて、別の食べ物で生きながらえていくしかないのでしょうか。
(17:52 2008/09/18)
泣いても泣いても届かないのは私の住む場所があそこではないから。
知っているのに忘れていたのを思い出されてしまったため。
ここはとても素敵な住処で私は引っ越すこともない、
けれども皆は違う広場で微笑みながら祝福しあっているのです。
ええ、童女のころからあったこと、いまさら風が吹いたところで、知らない振りをするだけよ。
(14:59 2008/10/09)
手をつなぎましょう、
あなたとわたしの証です
たったこれだけの面積ですらつながる心は粘着性。
剥がれて剥がれてごみがついてもくっつきあうのは健気で人とは。(10:38 2008/10/10)
痒い眼の中ダニが哂うよ
あはははは。あはははは。
外はいつしか暗くて五時も、冬の訪れ季節の波打ち際で眼をこするだけ。
涙はつらいか痒みのせいか、おそらがねたみをつれてきたのか。
(17:14 2008/11/10)
胡瓜球(18:00 2008/11/10)
野うさぎ死んだら油で炒って皮を剥がして食べませう。
皮はなめして油を塗ってやがての吹雪に備えませう。
耳の軟骨こきこき折って、墨に浸して手紙を書かう。
春来る頃に知るだらう。
子うさぎたちも知るだらう。
親は帰ってこないということを、人とはげにも恐ろしきもの。
(18:07 2008/11/10)
秋が終わると途端に空気が乾燥しだして、肌に最初に影響が出る。
困ったものだと一息ついてゴム手袋を無理やりはめた。
ガス代の節約なのだと母に言い聞かされており、冷たい水を曖昧に感じる変な気持ち、が私にとっての冬の到来だった。
――ゴム手袋のにおい、苦手なんだけど。
きぃ、と軋む蛇口を捻りこみ、鍋をたわしで擦り洗う。
台所の採光窓から薄い水色の空が枯れ木の隙間に見えていた。
私は鍵っ子だったし、弟の面倒も見なければならなかったので台所に立つのは周りの子よりも慣れていた。
苦ではなかったし、どちらかといえば好きだった。
最近では弟も手伝ってくれるようになったし、負担はずっと減っている。
炊事ばかりで悪いわねなどと母は言わない。
ゴム手袋を外すと手の熱が一緒に逃げていく気がした。
換気のために開いた窓から冷たい風がしみてきて、季節の変わったことを知る。
(13:40 2008/12/11)
私が何かを書いたところで地球は何も変わらない。
宇宙の膨張速度にも影響はないのだろうし、空の色も青いまま、自転の速度も変わらない。
言葉というものは物理的な存在ではないから(少なくとも限りなくそうではないから)、物理的な影響を何かしらに及ぼすことなど所詮できはしないのだ。
届かなくても同じである。
音楽や舞踏や絵画のように直接の感覚に響いてくるものではけしてないから、他の芸術に対して著しく届きにくい特性を持っているように思う。
(18:12 2008/12/11)