Terrace

柔らかな陽射しが、樹下の地面に斑を描いている。
花の濃密な匂いは木々の濡れた香りと程よく混じり合い、ブランデー入り紅茶の湯気は、残り香だけ鼻をかすめて白い空に溶けた。

――眩しさに、目を丸くしながら眉間に皺をつくる。

「相変わらず間抜け面を晒しているな。チョンマゲはもうやめたのかい?
いや失礼した。文明開化というより類人猿進化とでもいうような男だからな、ははは」

向かいで白いソーサーにカップがかちりと置かれ、ふと前を見ると銀髪の青年がいた。
正面のチェアに長い足を優雅に組みその上で指先を合わせ、銀髪が瑞樹色に溶けている。
鳴海はぽかんと青年を見つめた。
我関せずとまたカップを口につけ、気だるい溜息をこぼし、片目だけ薄く開くと口の端を持ち上げる姿が、懐かしかった。
「ギイ」
「先程は聴いていなかったようだからこれで二度目だ。久し振りだな、ナルミ」
あまり見ることのない普通の笑顔でギイが笑んだ。
気持ち悪くて鳴海は眉をしかめた。
数秒の無言が続いて、無性に二人で抑えた笑いを交し合う。
ああ何十年ぶりだろうか。
「エレオノールはどうしているかな」
ずっと見守っていた月日を承知でギイは尋ね、その事実を承知で鳴海も相変わらずだぜ。と照れたのか妙なタイミングで破顔した。
「流石に五十年も過ぎれば、歳に似合わぬ顔だったおまえも……いやいや」
「なんだよ……」
「ふぅ」
答えの代わりに鼻を鳴らし意味ありげに胸元のロケットを指先でこねくり回す元相棒を鳴海は殴った。
ギイは頭を押えてうずくまった。
「く、暴力に訴えるなどコレだから原始民は困るというんだよ……ママン、ママン」
「ッたくよ、相変わらず変わってねえ」
鳴海はまた腰を落として冷めかけた紅茶をひと口でがぶりと飲んだ。
ギイは再び腰掛けることはなく、数歩を進めて鳴海の隣で見下ろしていた。
「変わっていないのはおまえもだ。ナルミ」
「……悪かったな」
「そろそろ帰るがいい。エレオノールが泣いている」
「…………ああ」
ちょっと無茶をしてしまったのだ。
たとえ不死人しろがねでもこの場所まで束の間訪れてしまうくらいの無茶を。
世界に争いがなくなることもなく笑顔はどこかで憎しみと入れ替わり、まるでサーカスの次々入れ替わる演目のようだ。

さあお立会い。
本日のショーはこの前とは違います。

「僕の可愛い妹をあんな危険な場所で置き去りにして泣かせて、まったく仕方のない男だな」
「ああ戻るって、戻るってーの! うるせーな!」
危険地帯といっても、どうにか離脱し安全地帯に移動はしたのだ。
これ以上の銃創が増えず安静にしていれば少しずつでも身体は回復に向かっていく。
おそらくそれにしてもこの急激な回復は、生命の水を体内に持つ彼女が血を分け与えているのに違いなかった。
瞳の縁を涙でいっぱいに溢れさせながら、必死で加藤鳴海の名を呼んでいるのに、違いがないのだ。
立ち上がり、森の奥へ一歩進めたギイの背中を振り返る。
ギイはおかしげに笑った。
「次は白髪になり先生方より皺くちゃになったお前が見られるのだろうな」
「おう、心配いらねえよ。会えて嬉しかったぜ、ギイ」
言葉の通りの表情で鳴海が笑った。
銀髪の青年は、いとおしそうに懐かしげに目を細めた。
「お前にもエレオノールにとってもこの旅の先行きが長く続くことを祈っている」
柔らかい日差しは眩しく引かれるように細身の背中が森に近付いていく。
花の匂いは海のよう、空の光が雲の裏から染みるよう。
いつかの老女の時にしたように、青年を呼び止めることはしなかった。
あの奥に行くのはもっと先でありたいし、その時は一人でなく思い描く女と互いに手を取って行くべきであると知っていた。

加藤鳴海は、目覚めて最初に、頬に落ちる涙の暖かさと生身の柔らかさに驚いて、覗き込む涙を左手で拭いながら血まみれで笑った。

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ギイと鳴海、私の青春……。彼らの漫才道中が、からくりサーカスという漫画の中で、一番わくわくして大好きでした。 面白かったり燃えたり泣いたり怖かったり幾つもの幕が過ぎていく中で、彼らの幕はとにかく「大好き」という言葉に尽きる素敵な時間でした。実はギイ鳴もそこそこいけました。暴露。