その寝顔は消えいるように透明だった

melting shine

「なあ、それでなジン、俺はそのとき……ジン?」
真っ白なシーツのかかった小奇麗なベッドにもたれかかってベッドの上の少年に話しかけていた彼は、返事があまりにないのに気付いて言葉を切った。
輸入物の絨毯に座っていた彼は首を傾げて振り返った。
見れば、少し前までうん、へえ、すごいな、と楽しそうに聞いていた少年はベッドの上で平和そうに眠りこけている。
テッドはジンの顔を覗きこんで手をひらひらと動かしてみた。
……反応はない。
「……寝ちまったか」
しばらくの沈黙のあとぽつりと呟いて、テッドはやれやれと笑った。
夕方待ちの午後の風が開け放った窓からふうわりと吹き込み、寝ている少年の黒髪をさらさらと動かした。
沈む準備を始めた鈍い太陽の光は窓を照らしながら仄かに部屋全体に明りをこもらせた。
床に座り、ベッドに背を預けたまま、顔だけはベッドの上の少年を見つめている。
ジンの顔は部屋の中にほわほわと息づく太陽の残り光で仄かに照らされていた。
ぬるい風が部屋を通り抜けて、窓と同じように開け放たれたドアの向こうへと消えていく。
それがズボンの裾を、服の裾を、襟を、前髪を、ほんの少しだけなでている。
テッドはその静かな寝顔をただ見つめた。
そして俺は一生これを忘れないでいよう、と思った。
そして心の中がもぞもぞと不安に駆られた。
寝顔が、あまりに透明で穏やかだったのがまるで――まるで。
「…………ジン」
小声で呟いて、人差し指で前髪をかきあげてやる。
規則正しい寝息とともに、同様に規則正しく胸が上下していた。

生きている。

不思議な安堵と穏やかな不安が、今部屋を包んでいる明りのように遠慮がちにテッドを覆った。

――いつジンは死んでしまうんだろう。

俺の知らないところでずっと爺さんになっちまって、それで将軍として埋葬されたりして、俺はきっとその頃にはとっくにお前の側から離れているんだろうな。
風の噂を聞きつけてやってきた俺は、森の中からお前の葬式行列を遠い思い出みたいに見ている。
誰かが指差してあの子供はなんだろうね、というころには俺は静かに姿を消しているだろう。
どっかの爺さんが、あれはジン様が幼い頃によく遊んでいた子に似ていたとか言い出すかもしれない。
気のきいたミステリーだ。

もしかして、明日かもしれない。
急な事故とか病気とかで……グレミオさんがきっとわあわあ泣いて、クレオさんあたりがなぐさめるんだろう。
その目にもちょっと涙がたまってたりするんだ。
俺はきっと、多分もっと泣く。
テオ様は眠るように死んでいるジンを、あの厳しい顔でとてつもなく悲しそうに見るんだろう。

テッドはそんなことを考えながら、すべての暖かいもののまんなかで眠っている親友を見下ろした。

こいつがいなくなった俺の生活って、いったいどんなものなんだろう。
前に戻るだけというのが考えもつかないほどにこいつが朝から晩まで俺の側にいるのが当然になっている。

またぬるい風がカーテンをふくらませ、壁に押しのけて部屋を通り過ぎていく。
階下の物音はとてもとても聞きなれた音で、毎日がずっとこういう風に変わりなく続いていくのではないかと思わせてくれる。
もちろんそんなわけにはいかないだろうし、テッドは年齢の不自然さに気付かれる前にどうにかして家を出る。
それは必然であるだろうし、もとから自分にこのようなあたたかさに満たされた場所が合うとは思っていないけれど。

それでも。

「俺も、眠いや……」
枕の側に頬杖をついてジンの寝顔を見つめていたテッドは、かくんと腕を崩すとふかふかしたベッドに顔を埋めてとろとろと眠りの世界に落ちていく。
風はかすかにあたたかく、気だるいけれど心地よく。
「……おやすみ」
気の抜けた声で言いながら、テッドは目を閉じた。
白い光が、顔の上に静かに零れ落ちた。

「坊ちゃん、テッド君、そろそろ……」
エプロンで手を拭きながら顔を出したグレミオは、きょとんと目を丸くした。
その目が愛しそうに細められる。
夕陽が部屋をほの紅く浸して、ゆるやかな夕暮れの風が散らかった部屋をそよそよとなびかせていた。
寝ている二人の少年に微笑んで、グレミオはどうやって起こそうかとベッドの上に腰掛けながら思った。

――それでも、あたたかい幸せに俺はもう少し浸かっていたいんだ.

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テッドと坊ちゃんの話。 なんということもないお話ですが、きっと幸せな日々だったのだろうと想像しつつ。