珍道中/友達編
「加当様、加当様。」
「は?」
ちょんちょんと袖を突付かれ、加当段蔵は長い眉を大きく下げ、斜め下に目を向けた。
「如何なされました、上様。」
「お願いがあるのです。」
「お聞きしましょう。お願いによりますがね。」
例によって約束がどうのこうのと言われるのを予感して、下忍はまともに蘭菊の方を視もせずに適当に相槌を打つ。
午前中の山道はまだ比較的涼しく、木々を渡る風が二人をなでては真っ青な空に溶けていく。
箒で掃いたように広がる薄い雲が高く、それを見上げて加当は溜息をついた。
不毛な押し問答は、そろそろ止めにしてもらいたい。
「加当様、聞いていらっしゃいますか? 加当様!」
「聞いております」
すたすたと逃げるように歩きながら、平然とそう言う加当の背後から、追いかけるように姫の透き通った声が追いかけてくる。
「え? え? あの、何故突然早足になるのですか?待って、待ってくださいまなじれ様!」
「俺は眦じゃ!」
(ええい……誰が好き好んで君主との約束を破るか考えてもらいたいわ!)
行李の紐を掴んで土を蹴って歩く忍者の袖が、突然ぐいと掴まれた。
バランスを崩しそうになった加当は、慌てて行李を支えて前へ体重を掛ける。
黒髪の姫は、そのまま肘の辺りの布を握り締めて思い切り背伸びをした。
「加当様! お話を聞いてください!!」
「――――!!」
耳元で甲高い大声が炸裂し、加当が溜まらず目を瞑る。
「どうしてお逃げになるのですか? まだ私、何も言ってはおりませぬ!」
「逃げちゃ…いませ…ぜ……」
まだくわんくわん言っている額を覆い、加当はとりあえず嘘をつく。
「あ……そうですか? それはすみませぬ……」
不意に袖を握る力を弱め、蘭菊は行李にそっと頭を預けた。
背中越しにかかる力の僅かな変化に、加当が振り向く。
頭上の木では鳥が啼き、緩い風にざわめく葉の擦れ合う音が何故かよく耳に響いた。
「……めなじれ様…………私、やはりその言葉遣い、やめて頂きたいのです……」
蘭菊の顔が肩に隠されて良く見えず、加当が口をひん曲げる。
「…私を君主と仰いでくださるのが、迷惑というのではありませぬ。私もいずれ自分の里に戻りたく思うておりますれば……いえ、でも……」
ふう、と息を吐いて、蘭菊が袖をもう一度握りなおした。
「今は領地は在りてなきようなもので、さすれば今、私の国には蘭菊とまなじる様しかおりませなんだ。
私にはまなじら様しかいないのです。」
(エライこと言いよるな、この上様は……)
顔を赤らめ、加当は顔をしかめた。
そういうつもりで言っていないのは分かるが、傍から聞いたら口説き文句だ。
後ろにある柔らかな気配が落ち着かず、加当がは空いた方の手で顔を覆う。
「はァ、しかしですな、」
「あの、だから私、もう少しお気軽にお話を……その、私が加当様の君主でも構いませんから、お、お、」
「……お?」
「お……お友達になってください!!」
加当はがくりと膝ごとその場に崩れた。
――更に行李の重さでぐしゃりと潰れた。