珍道中/叱咤編
山里を抜けて街道筋に至る途中に湿地帯を通る。
季節は新緑、夏も盛りの夕立前。
流石に疲れてきたのか、黙々と歩き続ける蘭菊姫はまだ幼い。
もっとも幼いというのは充分に成熟した女性ではないという意味であり、
その意味では彼女の荒い息遣いやら何やらは事情の深い忍びには充分すぎる毒である。
そろそろ休憩を入れたいものだが、果たしてそうすると目的の宿場までは辿り着けるかどうだか。
それに土地柄、先程から小虫が飛んで鬱陶しい。
眉毛に留まった時には問答無用で磨り潰した。
……ここで休憩するのはできれば御免被りたい。
加当段蔵は、肩を落として嘆息した。
そこでふと振り返り、――衝撃を受けた。
蘭菊の白い頬が今まさに蚊に食われそうだった。
それも大物だ。
心の中で煩悶したのは一瞬、
「上様、失礼!」
詫びがてら頬をぱしんと叩くようにして蚊をつぶし、見苦しいものを見せないようにぽいと捨てる。
ひゅるりと風が吹き、遠くの梢がさわさわとなった。
蘭菊は一拍遅れて、頬に手を当てた。
無垢な目が戸惑い、ややあって見上げられて、加当の喉がぐっと詰まる。
慌てて頭をもう下げられるだけ下げた。
「いえ、あの、失礼をいたしました。虫がおりましたもので――」
「叱られたかと、思いました」
行李の下で、珍しく拗ねた声がした。
それからくすくすと柔らかな笑い声。