――2月某日 AM 09:50
エンドマークの出たモニタから目を離して、ひつぎくんが頷く。「問題なし」、放映可能だ。
(よかった。見てもらえるね)
映像メディアをしまい、ケース表面をそっと撫でた。
――『舞鶴舎』からの撤収間際、『プロデューサー』宛に匿名の忠告があった。
『舞鶴舎』の撮影そのものが、「禁忌」への接近行為と取られかねないこと。新築の園舎はともかく、それこそ『怪獣組』の子達が守り抜いた瓦礫など、どんな些細な映り込みが原因でお蔵入りさせられるかもわからないこと。だから、【上映会】を隠れ蓑に、念のため事前確認をしたいこと。
『禁忌』にもっとも近しいひとり、私の後輩からの助け舟。
……痛感する。業界歴一年と少し、まだまだ若輩者でしかない私には、知識も覚悟も何もかもが足りないということ。『神父』なき今でも、太古の地雷は星の数ほど埋められているのだ。
ともあれ、これで久しぶりに『MaM』の仕事が世に出せる。はやる気持ちのままに関係各所への連絡を済ませると…………暇になってしまった。画像修正や差し替えに必要な時間を多めに見積もっていたのだ。
午前中、まるっとやることがない。
「先輩?」
「……」
口元に指を寄せて、目を瞑り、最適解を導き出す。……つまり、時間があるなら、仕事ができる。施設は人手不足。
「エプロン、予備とかある?」
「そりゃありますけど。……まさか」
ひつぎくんは目を瞬いた。私は頷く。
――2月某日 AM 09:50
「というわけで、お昼までの空き時間、ちょっとしたお手伝いをしてくれます~! 『あんず先生』でっす! 拍手~!」
粉雪が舞い、冬風吹きすさぶ園庭で、『職員さん』がぱちぱちと自暴自棄に手を叩く。目の前にはどてらを羽織った三毛縞さんが無言で額を押さえている。
力強く頷き、よろしくの合図にぺこりと深く頭を下げた。私もどてらを貸してもらったので、覚悟していたほど寒くない。
「それじゃあ『プロデューサー』さん、またあとで。【上映会】の準備でお会いしましょうね。三毛縞先生、よろしくお願いします!」
ひつぎくんは『職員さん』の笑顔をまとい、本来の仕事に戻っていった。三毛縞さんを見やると、無言、のち、あからさまにため息をつかれた。……深夜残業している私を見つけたときにする顔だ。いつもは陽気な瞳が無表情に近い。
「おおかた終わっているし、俺ひとりで本当に構わないんだが」
園舎の中に入って暖まるべきである的なお小言を聞き流して落ち葉掃きの段取りを確認し、ごみ袋とちりとりとシダ箒を受け取った。足元でかさこそ落ち葉が踊る。
「中に入ったら一緒におままごとで遊ぼうなあ!」
面白くもない冗談を飛ばしながら落ち葉掃きの仕上げにかかっている。この広い庭を、ひとりで全部やっていたらしい。
おままごと、と繰り返して、ふと、心より先に心残りが声になった。
「……どこまでが」
さく、さく、と、落ち葉が囁く。園庭の隅にこんもり集められた赤と黄の枯葉たちが、風に蠢いている。木々のために栄養を集めてきた彼らも季節の巡りと共に雑に袋に詰められて、要らないものとして燃やされてしまう。
「おままごととか、どこまでが、嘘だったんですか」
「……君と俺の間に、本当にあったことかあ?」
頷いて、新緑の瞳を仰ぐ。雪が舞う。
「ははは。それこそ、俺のおままごと独演会くらいだなあ。……全部、本当だったら良いなあ、とは思っていたが」
「……だったら、なんで」
大袈裟に嘘で繕わなくたって、本当に、少しでも一緒に遊んだことがあったなら。素直にそう言ってくれたらよかったのに。
わかっている、私に責める資格なんてない。どんなちっぽけな記憶でも、思い出せない私が悪い。
「ごめんなあ。君を傷つけるつもりはなかったが、善意でもなかった。もしかしたら単純に、憎らしかっただけなのかもしれない」
三毛縞さんがぽつりぽつりと静かに言葉を選ぶから、責めるでもなく事実を淡々と口にするから、頷きながら聴くしかない。
「あんずさんとのささやかな思い出が、笑ってしまうくらいちいさな出来事が、ずっと俺にとって心の支えだったから」
猫みたいに跳ね回る結い髪が、大きな手に掻かれて風に遊ぶ。
「……君にとっては些細なことだったのに、俺だけが君を好きだったみたいだ」
「……」
箒を取り落とした。
急に顔を見られなくなった。
靴先だけを見つめて、既に掃き集められた落ち葉の山を、ちりとりに乗せてはごみ袋に移していく。箒の毛先に薄茶けた落ち葉がじゃれついては、緑のちりとりに収まっていく。足元の影が薄れた。息の白さが際立つ。太陽が雲に隠れたらしい。
黙々と作業を続けていると、膝元の影が濃くなった。大きなサイズのサンダル。三毛縞さんが立っている。背を屈めて、ちりとりを受け持ってくれる。
袋の口を結ぶころには、隅々まで落ち葉を掃いた園庭に、細かな雪が降りしきっていた。
「ごみ袋ならぜんぶ俺が持っていくから、先に戻っていて構わないぞお?」
「……」
「あんずさ〜ん?」
そっぽを向いて、取り上げられないよう、確保したごみ袋を抱き寄せる。
「ううむ。憎らしいとか言ったせいで拗ねてるのかなあ? 心配無用、思うところはないではないが、俺は君が昔も今も大大大好きだぞお! ――ぁ痛っ!?」
脛に蹴りを入れて、バシバシバシと背中に落ち葉の袋をぶつける。こんなに軽いごみ袋をぶつけたところで、どうせダメージなんて受けていない。
そうやって馬鹿にして、謝らせてもくれないなんて――酷い。酷い酷い酷い。この前だって、久しぶりの仕事だったのに、『プロデューサー』の仕事をほとんど横から奪ってしまった。私のためだなんて嘯いて、やりたい放題勝手にやって、みんなが幸せになるステージを瞬く間に用意してしまった。
今だって。――あなたが、私を。
ごみ捨て場へ広い背中をぐいぐい押していく。……頬を冷やす雪が、有り難かった。