――遡ること二週間前、1月某日 祭事
「祭りだ祭りだあ! みんなで一緒に盛り上がろう! 哀しい過去を吹き飛ばし、キラキラ輝く未来を夢見て!」
明るい歌声が、子供たちの歓声が、夜空に響き渡る。踊る輪の中央には、修復された、色とりどりの大きな絵画。アタシが焼け死んで肉体が灰になっても、優しいひとたちの手で蘇り、また輝いている、懐かしい絵だ。
あんずが微笑む。舞台袖で肩を寄せ合い、ステージを見つめる。
「……きれい、だね」
『ん。見慣れた絵なのに、こうして見ると、キレイだね』
一曲終わって歌声が途切れると、ふたたび満開の花火が空を彩る。誰もが夜空を仰いで、踊って汗ばんだ頬に笑みを浮かべている。あんずがオフショット用にカメラを構え、幾度もシャッターを切った。アタシの部屋に飾られていた何の変哲もない花の絵も、花火も、あの子たちの泣き笑いも。データの中で永遠になる。生前の写真はどこにもないのに、アタシという名の想い出だけが残る。
なんだか胸がいっぱいになって、隣り合う細い腕に縋った。可愛らしいエプロンをかけた白いブラウスが、花火の音に合わせて、極彩色に照らされていた。
『アタシが死んだせいで、あの子たちに消えない傷をつけちゃった。あんなふうに、笑っていてほしかったのに』
子供たちの踊りを見ながら、あんずが手をとってくれる。握り返す。生きている、温かな手。アタシとひつぎに何度も差し伸べてくれた、優しい手。
『……ねぇ、あんず。アタシはひつぎのおかげで、死んだ後もこうして誰かと関われてる。幸せだなって思ってるよ。でも……でもさ。あの子たちは、そうじゃなかったんだ。ぜんぜん知らなかった。三年も経ってるのに、まだ死んだアタシにとらわれて、たくさんのひとを傷つけてた。悪いのは大人だよ。クソみたいなやつらのせいだよ。でも、優しいキミたちにペンキと罵声を浴びせたように、本当は優しくしてくれたはずの何も知らない先生たちも、みんなまとめて拒絶して――傷つけて』
ぶんぶん。あんずが「NEGIちゃんのせいじゃないよ」と言わんばかりに首を振る。春風みたいな歌声が、信念を寿ぐ。「あけましておめでとうございまあああす!」拍手、歓声、夜空の花。
……優しいひとたち。いつだって他人のために走ってる。
『あのひと、あんずの大事な友達。すごいね。……アタシはずっと、憎んで、怒って恨んで、アタシたちはここにいるんだ、見えないけれどずっといたんだって叫ぶことでしか、仲間を守れないって思ってた。……ん? ふふ、ありがと。アタシも、アタシの歌が好き。大好きだよ。――けど、』
鎮魂歌は高らかに、心震わすアイドルたちと不揃いな子供たちの声を重ねながら、天上のアンサンブルとなって冬の夜空に響き渡る。
『膿んだ傷口を丁寧に洗って、消毒して、新しい包帯に変えて。傷痕を抱えながら、楽しく自由に生きようって。恨みや憎しみや劣等感や、暗い感情も全部、歌って踊って空に色とりどりに打ち上げて――そういう生き方は、アタシじゃ伝えられなかった。だって知らなかったもん。そうやって。……そうやってさ、アタシが殺されてから、血が出るくらい地面を掻き毟ってずっと泣いてたあの子たちを、笑顔にしちゃった。アイドルのくせにさ。ずるいよね。妬けちゃうよ』
「うん。悔しいね」
空いた手で涙を拭うあんずの横顔に、思わず見惚れた。
『……あのひとに勝ちたい?』
訊ねたらあんずはきょとんとして、困ったように微笑んだ。アタシと違って勝つとか負けるとかよりも、みんなが笑顔でいてほしい子だもんね。ちょっと違うのかも。
まぁいいや。
世の中は広い。こんなに楽しそうにレクイエムを歌うアイドルがいて、そのひとは大切なあんずの旧い友達で、星々のように巡りながら、ひとの縁は繋がっていくのだ。