花粉症なので、春が嫌いだった。
ただし、――二浪の俺が無事合格できた今年の春は特別に、好きだと言ってやれなくもない。
PCの画面を食い入るように見つめながら、充電中の携帯電話を慌てて取り上げた。
スピーカー越しで鳴るストイックな呼び出し音に、耳を押し付ける。
「早く出ろ、早く出ろ」
呟きながらも何度も受験票と合格発表のPDFを見比べる。
間違いない。
信じられねえ。
あんなにバカだった俺がなんて、なんて奇跡だろう。
『――てっちゃん、どうだっ』
「合格ったよバカヤローー!!! 桜子どうだ見たか、約束守ってもらうかんなっ!」
幼馴染の声が飛び込んできた途端、実感が急に込み上げてきた。
合格できたのは何より――幼馴染の桜子姉に勉強を見てもらったことが大きい。
公営住宅の上階に住む天城桜子は俺の二つ上で、俺が浪人しているまにとっくに社会人になっている。
市内の短大を出た後、既に地元工場の事務員として勤めている。
小さい頃から、俺の兄貴と同い年なのもあり、てっちゃん、てっちゃんと弟のように扱ってくれた。
俺は、桜子姉にとって永遠に「てっちゃん」であるらしかった。
『やったじゃない、てっちゃん! すごいすごい!頑張ったね!』
「……その『てっちゃん』てゆーのヤメロ」
だからその呼び方は嫌いなのだと言っているのに、何べん言っても聞きやしない。
鬱憤晴らしに、高校に入って「桜子姉ちゃん」を呼び捨てにしだした時も『生意気だなぁ』と肩を竦めて流された。
完全に弟扱いである。
『えー、だって、てっちゃんは、てっちゃんじゃない? そんでえっと、約束ってなんだっけ。手のひらマッサージだっけ?あれ?これは私がしてもらう?』
「それは俺の約束だったろ。桜子の約束ってのはさ、受かったら、その」
『うん、なんだっけ』
なんで忘れてるんだよ。
恥ずかしい。
マウスパッドを凝視して、携帯を握りしめる。
箱いっぱいに蜜柑があれば、アタリもハズレもある。
幸いこれはアタリだ。
おいしい。
帰り際、雪でかじかんだ手がちりちり痛む。
てっちゃんは、未だ拗ねていた。
「だ、……だから、その。てっちゃん、ってのを止めろって言うのが約束だったじゃねぇか」
『そうだっけ!?』
「そうなんですよ! お前なぁ」
『あ。はい、今行きます。てっちゃんゴメン、休憩時間終わっちゃった。また帰ったら話聞くね!』
「は?いやちょ、……待っ」
耳元で無情な電子音。
突っ伏して横目に窓を眺めれば、花粉が俟っていそうな青空だった。
携帯をかざして、桜子から受験時代に届いたメールをぽちぽちと見返す。
名前の呼び方だって、桜子が俺のことをなんとも思っていないのを知っているから、これでも譲歩したのだ。
折りたたみ式の携帯を閉じ、しばらく外を見る。
鼻がむずむずした。
やっぱり春は嫌いだ。
着信音が鳴ったので期待して開いたら、親からの合格伺いメールだった。
返信するべきなのだろうが、とてもじゃないがしばらく立ち上がれそうにない。