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『少年と少女』

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彼女はいきなりベンチでぼろぼろと涙をこぼして、もう!と苛立たしげに声を上げた。
「あたしなんであんたなんか好きなんだろう、信じらんない!」
それまで本当に普通に、当たり障りのない普通の会話を楽しく交わしていたから、隣の少年は面食らっていったいどうしたのさと少女の顔を覗きこんだ。
少女が見ないでよ、とその手を払う。
剥げたベンチに片手をついて、もう片手で顔を覆ってぼろぼろとまだ泣いている。
「僕何か悪いこと言った? だったら、その、ごめんだから泣かないでよ」
いつもの少女の気まぐれだろうなとは思っても、それでも彼女には泣いていてほしくなかった。
いつもいつも偉そうで生意気で、気まぐれで癇癪持ちだけれど、自分は本当にこの少女が好きなのだ。
そして間違いなく彼女も自分が好きみたいなのだ。
公園の真中だから、人がじろじろと見ていくけれど構いやしない。
そもそも彼女はどこにいようと自分が世界の中心なのだ。
「悪くなんかないわよ!」
少女が隣の彼を軽く突き飛ばすように押したので、ガクランの彼はうわ、とよろけた。
「だってあんたとあたし、全然違うのよ!? 絶対合わないじゃない。変、変。絶対変!」
「……そうかなぁ」
目を丸くして少女の乱れたスカーフのあたりを凝視しながら、少年はカバンについた埃を払ってベンチの上に引き上げた。
「そうよ。変。あんたあたしと一緒にいないほうが良いよ、絶対合わないもん」
「なんでさ」
赤い目でじろ、と少女に睨まれたが、少年はじりじりと間合いを計って少女との距離を縮めた。
ベンチ上の不思議な緊迫感。
「来ないで」
「なんでだよ」
「……馬鹿っ」
少女がまた涙を滲ませる。
「もうやなの! あんたが好きな自分が一番嫌いだわ!」
「なんだよそれ! 僕はっ」
「あんたがあたしのこと好きだってことくらい嫌ってほど分かってるわよ!!」
少女は大声で叫ぶと白いスカーフをするっと引きぬいて少年の顔に投げつけ、立ちあがった。
「あんた以外の世界に空が落ちてくればいいんだわ!」
少年が言われた言葉の意味について考える暇もなく、少女は二人分の荷物をひったくると早足で、そして駆け足で公園の外へと走り去っていった。
意味分かんない、と眉をあげて呟くと、少年は言われた言葉の意味を考えながら(やっぱりどう考えても意味を成してない気がするな)持って行かれた自分の荷物を受け取らなくてはと、少女のいる場所を考えながら、とりあえず公園を手ぶらで通りぬけていった。
そして半透明のスカーフが、彼の手の中でしわくちゃなまま風に揺られた。

少年と少女