「七夕って、どうしていつも曇るか知ってる?」
暗くなった土手を川沿いに歩いて、少年が空を見上げた。
蒸し暑くなりだした梅雨晴れの夜は、雲が空を覆いだしてすっかり星も見えない。
湿気た空気が夏服に纏わりつくのがなんとも居心地悪いのに、時折吹く風がそれを払う。
そしてまた生ぬるい空気が服の中に入りこむその繰り返し。
少女は軽く首を傾げて黒い革製の鞄を左手に持ったまま揺らした。
「偶然でしょ?梅雨だし」
「違うよ。」
少年がにこりと笑うので少女はいつものしかめ面をぷいと土手の夕方の草へ向けた。
少年の笑い顔はあまりに自分だけを見ているので、苦手なのだ。
まあそれでも、彼女はこの時間がとても好きだ。
少年と二人で、二人だけでただ歩いて他愛もない会話をすることが。
夜の更けていくその前の、この短い時間が好きだ。
少年がもう見えなくなってきた地面の石を軽く蹴り飛ばして、どんより覆われた上空を仰ぐ。
彼は鞄を持った手を伸びをするように空に伸ばして―それとも空に差し出すように伸びをしたのかもしれなかったが―気持ち良さそうに夜の空気を吸い込んだ。
「牽牛と織女がせっかく二人で会えるっていうのに、皆が見てるなんて野暮だと思わない?」
「……」
無表情の少女に微笑んで、少年は楽しそうに言った。
「雲はそれを知っているから、気を使って僕らから二人を隠してるんだよ」
少年は笑顔だったけれどあまりにもその顔が確信と幸せに満ちていて、まるで世界相手にそれを立証できるとでも言いたげに。
少女は少年の背中をばしんと鞄で叩くと、口をきつく結んで少年を見上げた。
「な、何だよ」
「ほんっとうに、ばかね!」
「だって本当なんだからしょうがないだろ。」
「そういうことじゃないのよ、もう、これだからやんなるわ!」
顔を赤くしながら理不尽に怒る彼女にくすくす笑って、少年は思わず少女の肩に手を回すと、半袖のシャツから出た腕を少女の髪にうずめたまま一瞬だけきゅっと抱きしめた。
「好きだよ」
「……あたしは嫌い」
少女が憮然と返した。
今日は湿っぽかったのできっと勝手が違うのだ。
湿っぽくて、あたたかい風。
だからこんなにも、彼女は快活で(彼女にしては、だ)自分は幸せそうで、二人をつつむ空気が軽いのだ。
少年は彼女の髪に軽く顔を埋めて思った。