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『少年と少女』

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「……うん。」
彼女が顔を歪めるように、片眉を軽く上げたみたいに、強張った顔で言った。
もしかして彼女は今、笑ったのかな?
少年はふとそう思っていつもしかめっ面で自分を睨み上げてくる少女の、珍しく固い顔をちらりと見た。
少女は、それに気付いているのかいないのか(普通なら何見てんのよ、と怒って睨んでくるはずなのだ)ぱたぱたと土手ぞいに早足で歩いていく。
少年は大股で数歩歩いて少女に追いつくと、なんだか嬉しくなって顔を緩ませた。
ああ、彼女を笑わせることができるんだなあ。
彼女が、嬉しいと思ってくれるのはそれほど珍しいことではないけれど(ちゃんと彼女は少年のことが好きだし、何か少年に胸の中が動く感覚を憶える時は言葉にする代わりに手を握って引っ張るのだ)、もしかして彼女が笑うのを見たことは今まで一度もないのではなかろうか。
思い当たって少年は思わず少女のさらりと肩にかかる髪を梳いた。
少女がびくっとして立ち止まる。
「……もぅ、何よ」
むっとした顔で振りかえった少女はいつも通りだった。
川の水面を紅く照らす夕陽が彼女の黒髪を透かして橙色に見せていて、それはとても美しかった。
「卒業するまで、こうして一緒にいられたらいいな」
少年が言うと、少女はさっきのように顔をぎゅっと固めて、それから口の端をほんの少しだけ緩めて、そして最後に口をへの字に曲げた。
「二回言わなくても分かるわよ」
「さっきのうん、ていうのもう一度聞きたい。珍しいから」
「……ばっかじゃないの」
どん、と黒いカバンを少年の太腿に軽く叩きつけて、少女は淡い光の跳ねる川面へ投げやるように目を落とした。
「いつまで、あんたはここにいるんだろうね」
「え?」
「なんでもない。」
少女は、しばらく黙りこんで、それから顔を上げた。
「あんたがいるかぎり、いつまででもあんたの側にいるからねあたし。」

彼女はとても鮮烈でそれでいて切なそうで、夕陽そのものではなかったんだろうか。
勿論そんなわけは、なかったのだけれど。

太陽の色と透明な白が、きらりと流れながら土手を通り過ぎていた。
西日の強さは目に染みるほどで、木霊のように響く電車の音が鐘の響きのようだった。

――風はなく、夕陽が美しく、懐かしく、それはそんなある日の夕暮れ。

少年と少女