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『少年と少女』

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ずれた毛糸の帽子を直しながら白い息をはずませ、夜明け前の道で彼女は少年をにらみつけた。
白いコートの襟がめくれているのを、少年がさりげなく直してやる。
辺りはまだ薄暗く空気は身を切るように冷え冷えとしていたのだが、雲のない夜明け前の空は次第にその色を薄め、近く訪れる熱と光の塊を受け入れる仕度を整えはじめていた。
藍からトルコ石の表面のあの涼やかで奥深い色へと、空はその表面を刻々と、なのに連綿と変化させていく。
土手の下の川も、まだ昇っていないはずの太陽がもう見えているのだろうか――仄かに白んで、光をたたえていた。
硬く凍える風が少年と少女の髪をすくい、歩く二人の足元を通り抜けていった。
「海に行こう」
少年が、うっすらと遠くに見え出した駅の輪郭を切ない目で見つめて、ぽつんと言った。
少女が目を見開いた。
風が少し強まり、並んで歩く彼らの隙間を吹き抜けて空へと消えた。
少女に合わせて立ち止まっていた彼に、彼女が目を伏せて、ごく静かな声で尋ねる。
「だから、こんな時間なの」
涼しさに舞う秋の名残がかさかさと、土手の方へ吹き流されていった。
木々の裸の枝先が揺れ、その哀しさがやけに薄い夜空に映えていた。
「……ごめんね」
「ううん…いいの、なら」
瞳を閉じて少年の指に自分の爪の先を絡めると、少女は小さく呟いた。
黒い睫毛が僅かに湿って、少年に手を引かれるように駅に向かう少女の閉じられた目元は、辛そうにかたくなに、何かが溢れるのをやんわりと包み込んでいた。
夜明けは未だ遠く、夜風は土手の枯草とすすきをさわさわと揺らし、少年のまっすぐに前を見つめる瞳は穏やかすぎて世界すら溶かし込んでしまいそうだった。
沈みゆく下弦の月は白く、透明な紺の大海に冴え冴えと予感を残して山々を映している。
朝靄の奥にぼんやりと、小さな寂れた駅が在る。

少年と少女