目次

『少年と少女』

作品ページへ戻る

「これでここを切ったらどうなると思う?」
少女は道に雑然と散乱しているガラスの破片を指差し、それから腕を指差して、少年を見上げた。
少年は面食らってことばを失った。
少女は特に意図があるわけでもなさそうだった。
いつものように、あんたはばかねとかあれって何してるんだと思う?とか、そういう調子で何の感慨もなさそうに聞いてきたのだ。
指の先にある少女のふっくらとした腕を見てから、少年はでこぼこのアスファルトの上に秩序も何もなく乗っかっている鈍いガラスを見下ろした。
「やめなよ」
「切るなんて言ってないわ。」
「じゃそういうこと言うのやめてくれよ」
切羽詰ったように言う少年を無表情に見て、少女は彼の額に指をぴたりと当てた。
「心配性」
「心配性で結構」
叱るような目つきできっぱりと言うと、少年は腰に手を当てた。
「君は見てると不安なんだ。」
「あんたに不安になられる筋合いないわ」
少女もこれまたすっぱりとそれにことばを返して、ぷいと顔を背けた。
「だって思ったんだもの」
「そりゃ…その、でも切ると痛いよ、きっと」
「痛くなかったら?」
「でも駄目! だ、だいたい切らないって言っただろ」
「切らないとも言ってないわ。」
「だったらもっと駄目!!」
怒った声を出す少年を不満そうに見上げて、少女は挑みかかるように言った。
「あんたあたしのなんなのよ」
「…は?」
「なんなの?」
「何って……」
ことばを探して眉をひそめる少年をよそに、少女は自分の腕を口元へ持って来ると、しずかに唇を落とした。
「……きっと切ったら血が出るわね。」
少年がはっと我にかえって少女を見ると、少女は目を伏せて自分の白い腕を見つめていた。
少年は少女の手を取って、むっとした顔で少女を見下ろした。
「君が痛いことは嫌なんだ。だから駄目」
「……我侭」
少女は呆れた声で少年に言うと、少年の手を振り払うそぶりも見せずに歩き出した。
少女の手を変な方向にひねってしまいそうになって少年は慌てて手を離す。
彼女の隣に急いで並びながら、少年はほっと息をついた。
「安心してるわね」
「してるよ。……我侭で、結構だからね。」
本当は少女の方が我侭だと彼は思っていたけれど、それを口には出さなかった。
彼女の我侭も自分勝手も、大切なものの一部であることに変わりはないのだから。

少年と少女