目次

春の花、揺り籠を聴く

本編
序章
一章『カナリヤ』
二章『枇杷の実』
三章『木ねずみ』
四章『黄色い月』
終章『揺り籠のうたを』
番外編
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第一章  『カナリヤ』

(一)

「お見合いをしてもらおう、うん」

と兄の宗一がすっとぼけた口調でさり気無く言った。
そうして男性写真の山を孝二郎の前に置いたので彼は兄の頭がおかしくなったのではないかと思った。
葉桜が散る。
庭園の風景は若葉を迎えて美しい。
日本の法律では高一で男は結婚できない。まだ自分は十五である。というかなぜ野郎の写真ばかりなんだ。
目だけで睨んで久々に顔を見た相手に黙って問うた。
「先月十六になったわけだし、実際してもらうというよりはね。梅子ちゃんもね。高校のうちからそういう 心構えをしておいたほうが良いと思う」
沈黙に風が吹く。孝二郎は片耳からぶら下げていたイヤホンを外した。
――なんだ、梅の見合いか。
と心の中で呟く。
「若葉さんが見立ててくれたのはざっとこれくらいなのだけれども、なにぶん数が多いからね。とりあえず十人くらいに絞るのがおまえの使命」
「……んで俺にゆーんだよ」
「梅子が世話しているのはお前、だから結婚の世話するのもお前。そういうものなんだということを覚えておきなさい。ああ、梅子ちゃんのご両親だって親父が間に立って仕切ったんだぞ。知らなかったか?」
細い目で顔を二つに割るような笑みをそうして兄は浮かべる。鼻が低いのでよけいのっぺりとして見えた。

孝二郎は兄が嫌いだ。
こんな顔をしてすべてが敵わないだけの能力を持ち、結構人格もいいので嫌になる。大体この天然なのか策略なのかいまだに分からんあたりが苛立つのだ。何が使命だ。

「知るか」
「それに梅子ちゃんの好みはおまえが一番知っているだろう」
「知ってんだろ、兄貴。あいつの好みは俺なんだよ」
だって昔からそうなんだ、あの同い年の女中は。
言い捨てる。そうしてまたイヤホンを耳に押し込む。
「でもおまえは、梅子ちゃんを好きではない」
「好きじゃねぇよ」
「じゃあ構わないね。おまえからそれとなくそういう話が準備されていると、伝えておいてもらえるかな。孝二郎」
孝二郎は手元のリモコンに指の腹を押し付けて音量を上げた。
ロックが聴きたい。琴やら笛やらの伝統邦楽ばかり聴いているので詳しくなかったけれど、今はなんとなくドラムやら大きい音やらが耳を打ちつけるような音楽を聴きたいと思った。
そうして積み上げられた写真の山を足先で蹴り飛ばして崩した。

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