目次

春の花、揺り籠を聴く

本編
序章
一章『カナリヤ』
二章『枇杷の実』
三章『木ねずみ』
四章『黄色い月』
終章『揺り籠のうたを』
番外編
【WEB拍手おまけログ】
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(四)

『こうじろうくん。せんたくものを早く出してくださいって』
『いま出そうとしてたんだよ、うるせーな』
『持ってかないと怒られちゃうんだからね』
『知らねー。梅が言い訳してこいよ』

『坊ちゃま!いい加減一人で起きられるようになってください』
『眠い。今日はサボる』
『もう、また宗一さまに嫌味言われますよ?』

障子の音。
襖の擦れる床の軋み。

物心つく前から見知った瞳に覗きこまれて、
幾つも交わしてきた会話が脳裏に浮かんでは消えていく。


「孝二郎君、」

たくさんの記憶とやりとりを、細々と振り返ってみて思い知る。

そんな風に、頼みごとをされたのは初めてだった。

「……そんなの」

少し言葉に詰まってから声が途切れる。
「命令と、同じじゃないですか」
素直ではない自分にもどかしくて少しずつ上がる体温に顔を俯けた。
肩に額を預けてひたと寄り添う。
肩から抱き寄せられる腕の仕草に伝染して奥が疼く。寒いはずの部屋なのに頬に血が上って相手の鼓動に心臓が熱い。長年自分に重かったものさえも求められてしまえば、敢えて抵抗できるはずもなかった。
「それにしても。やっぱ泣き虫だな」
なぜかひどくしみじみと、孝二郎が笑って耳脇の傷に息を寄せた。
そうしてそのまま。
自分の方が泣きそうな声で、梅子、と呼んだ。
答えるものが見つからないくらいで細胞の隅々までを浸して熱を骨まで灯されて、こんな感覚は知らなかったから梅子は多分もう少ししないとこれが幸福なのだと気付かない。
だから抱かれた場所から指先が少しずつ動き出すのにも呼吸だけが反応した。
そのまま冷えた肌に生温かい肉が這うのは舌なのだと遅れて気付き肩が跳ねて眼が潤む。
首筋に何度も口付けられる。髪で隠していた場所に段々と息も荒く、感覚が集中しだして変な気分になる。
じりじりと剥げた壁に押し付けられ孝二郎の服を握った。 「今のうちだ。嫌なら言っとけ」
低めの声で言われながら腰を抱かれた。
相手の息遣いに心拍数が上がり芯に火が灯る。
顔が近付き息が混じった。
最初の一度は触れるだけだった。唇同士が食みあうだけなら緩慢で柔らかい。舌を求めるでもなくただ弱く吸われて舐められるようになる。
押し退けて逃げられるくらいのものだったのに逆らえそうになかった。逆らいたくもなかった。
唇が互いに柔らかく潰れる。唾液の鳴る水音がくちゃ、くちゅとして寒さを蕩かす。
襖越しに遠く遠くで誰かが働き廊下を歩く雑音が時折思い出したように意識へ混ざった。唇が離れかけて糸が引き、また離れがたさに続けた。もう諦めて逃げるどころか眼を閉じて、ただ応えて一緒にしていた。
段々と舌が押し込まれて口の中を探られた。上あごの歯の裏辺りが痺れが大きく、孝二郎もそこに気付いたのかそこを何度も舌先で舐めた。されるままになってから、眼を薄く開くとしがみついて自分からも絡める。
そういえば、眼鏡をどうしたろうと関係のないことを思った。
そのまま舌を唇の間で擦れあわせていると体勢を変えられ、押し倒された。 「梅」
「は、い」
「……すげえ顔」
呟いて笑い、孝二郎はまた舌を絡めて着物越しの場所へ触れてきた。
鼻で笑うみたいだったけれど実はそうでないと知っているから恥ずかしくて堪らない。
梅子が熱くなる頬を逸らしてせりあがった声を唾液と飲み込みそれに耐える。
帯の上から柔らかな場所を揉まれて顔が強張り背が反った。
手が一旦離れて蛍光灯が消える。
湿りに伴い再び浅くなる呼吸の奥底で梅子は数ヶ月前の晩夏を妙に懐かしく思った。

今年は暑い夏だった。
婚約破棄で傷ついていたのが治りきっていなかったそういえばあの頃は――
ならいつの間にあれだけの悲しさとか辛さを忘れて毎日過ごすようになったのだろう。

『梅子。子供が出来たから出産までは本家に帰るといったら、おまえは嫌かしら』

寝苦しいのに構うことなく、布団にもぐりこんできて奥さまはそんなことを言った。
純粋に楽しみに自分でも気付かないくらいの淡い期待で、梅子はおめでとうございます、と笑った後、いいえ懐かしいですと応えていた。

「ぁ………」
手の指を絡められるようなかたちで指と指の間に、節のあるその人の指が入るとなぜだか熱で朦朧とした腕が余計にくたりとなるようで満たされて、その間に孝二郎が無言で唇を短く塞いできた。
布団が足の間で染みを広げる。
唇の隙間で舌先を触れ合わせている合い間に、熱いものがいっぱいになってきたことを伝えたくて、でも何も言えなくて熱心に探ってくる舌をただ絡めて唾液を送った。

孝二郎が浮かされていく脳の端に引っかかるくらいの囁きで、漏らした言葉が意識を染め抜き瞑った目の奥で泣いた。
――あんな会話をしたときは、こんなことに、
こんなことになるとは思わなかった。
一生こんな日が来るなんて思ったこともなかったのだ。


どちらのだか、肌が熱い。
着物の中が反則過ぎて理性がなくなった。

見たかったがまあ一応、暗くして、互いに脱いでしまえば後は肌を合わせるだけで、合わせたら熱さにいろいろなものが切れた。
隅々までが堪らなく女の肉付きをしていた。
傷を見られることを嫌がっているくせにそこを攻めれば甘い吐息で眉を寄せて震えては濡らした。
かけた毛布がごそごそと身体の上でずれて肌寒いのでまた片手で被りなおす。暗い中に汗が何度も梅子やシーツに落ちては流れた。丸みのある腕を押えれば抵抗なのかもがいて腰が動く。
気持ちいいのかとか、どうだこうだとか、声をかける余裕がほんとうに無かった。
欲しかった。
布団と毛布の隙間の空間は熱気とにおいで呼吸もままならないというのにそれは次第に理性を奪っていく。
身体の下で半分横になる形だったのをうつぶせにさせ、布団を掴む相手の髪を分け入ってまた背に唇を吸い付かせた。
「っ、」
鼻の真下、肩がびくりと動くのを押えて首筋を舐める。
布団と彼女の身体の間に手を滑らせてふくらみを弱くさすり先端を触らずにいると布団を掴む指に力がこもった。
振り返る表情は暗さの中で間近に寄せないと分からない。
「や……」
顎を押える。
顔を近付け、眼を合わせて、唇を重ねた。
それだけで腰の方から這い上がる感覚を抑えて唾液を吸い上げる。
もう少し手の中の柔らかさを遊ばせるとまた腰の辺りまで震わせて喉を鳴らした。
梅子が背中を捻って唇を求めたので応えた。
眼鏡がないのでいつもよりしやすい。
舌を絡めながら胸の先端が立ちあがっているのを摘まんで擦る。
「っ、……っ!」
ひくひくと足先から震わせて毛布がまた肩から落ちてしまう。
上げていた髪はとうにほつれていて懐かしい感触をしていた。
撫ぜる背筋には汗が流れる。
あちこち触れていると相手の舌が何度か動きを強くして組んだ指側の手首が跳ねた。
どこまでも布団がずれていって汗やなにやらが沁みていく。
梅子が息を荒くして何度も嫌だと言っていた。
でもやめようとするとやっぱり嫌だといった。
溢れる場所に手を這わすとすごかった。
言ってみると案の定拗ねられた。
「知りません」
「知りませんじゃねえよ」
「……孝二郎君だって人の、こと、いえな」
相変わらず生意気な女中だ。
とはいっても、孝二郎にとって梅子は女中以前に家族で幼馴染であったから、生意気なのは当たり前だしそれがよかった。
指をぬるつくそこに往復させれば抵抗もせずに歯を食いしばり悶える。襞を弄れば指先が脳ごと蕩けそうに柔らかい。
「ぁ、あ、孝」
「あんま声出すと響く」
「んっ、も……誰が始めたんですかっ」
自分でも何を言っているか分からないうち肩を押すようにされた。
枕を顔に押し付けられて、一瞬呼吸が乱れる。
腹が立ったのでもっと強引に覆いかぶさって肌に唇を吸い付かせた。
「んっ。んーー」
抵抗していたのに指が増えたせいもあったのか梅子は背を逸らして腰を震わせた。
数分してから一度大きく震えると深く息をついて、くたりと布団に力なく崩れて枕を握った。
喉から勝手にこぼれる微かな喘ぎは無意識のものだろう。
呆然としているような潤んだ目つきがぞくりと腰裏を撫ぜて誘う。
孝二郎は衝動的にすっかり熱をもったそれを、近くの脚に押しつけた。
息がみっともなく乱れていたけれど押えられそうにない。
「おい。梅子」
「……ぁ」
擦り付けられる感触に、下で梅子が羞恥からか赤くなる。
「ゃだ、まだ……これじゃ、何にもしないのは」
泣きそうな声で孝二郎を止めて、身をもどかしげに捩った。
どういうことなのかさっぱり分からないが梅子は何か納得いかなそうで、孝二郎を押すようにしてようやくふらふらと彼ごと上半身を起こした。
頬に張り付いた髪が唾液に濡れている。
堪らず唇を奪った。
毛布が剥がれて薄い隙間から一筋ほのかに外の月明かりが畳みの端だけ白く映した。唾液だけを繋がらせたまま離れ、改めて互いに、一瞬向き合ったかと思えば目の前に尻が見えた。
かと思う瞬間にも意識まで蕩けるほどの感覚が這い登ってきた。勃ちあがったものを立った今存分に濡らした舌を使い舐められていることに、気付く間もなく髪に手をやる。抗議したが途中で快感を耐えるのに精一杯になった。
「んなことまで、す、な…て……」
それ以上言えず息を詰める。
死ぬほど熱い、気持ちがいい。
動きを止めて観察されるたび息がかかる。何か、子供が見たものを見真似でやっているような、そんな仕草でゆっくりと幹を扱き先端を唇で押えるくらいに含んでちろちろと赤い肉が舐めている。
観念して髪を撫でると口を離してほんのり嬉しそうな顔になり吹きかかる息が湿った。愛しげに赤黒いものを撫でさすって梅子はもう一度舌で舐め上げてほうとする。
見下ろしているとふとその状態に気付いたのか口ごもって、撫で肩までが赤くなった。
「ぁ。別に、その。お嬢さまがこうされてるのを、たまたまその見てしまったことが」
「あ、そー。覗き見かよ」
「……否定はしませんけど」
妙に遠い眼をして頬を染め、梅子は肩ごと緩めに息をはく。
「……でも、してあげたほうがお互いのためにいいというのは琴子さまが正しいかなって」
だからそれで孝二郎君が気持ちいいんならします、と顔を俯かせたまま呟いて、今度は熱い口に含んであまり上手いとはいえない行為を再開した。
濡れる唇が何度か苦しげに離れる。
それも、目の前で蠢く薄暗さの中でも白い尻も膝に当たる胸も、何もかもが眼に白い。
明り取りの窓、と、ほんの僅かな隙間の明かりに見えたのは胸元よりもくっきりとした背中に残る傷だった。
そこに縋るよう顔を俯け髪を梳いた。
もう外の音が気にならない。
押し殺した吐息からあまりのどろどろな熱に声でも出さないと死んでしまう気がした。

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