鳥籠は屋根の上
なんというのかベンチではにかむ中学生らを見ているような気分だった。
庭を一望できる二階の硝子窓から、廊下に並ぶ弟と(愚弟曰く婚約中の)見目いい女中が湯呑みを取り交わすのが見えた。
手が触れあうと視線を熱く絡ませてかと思えば目を逸らし、なのに傍に居たいらしくどちらも立つ様子を一向見せない。
軽く息を吐く。
涼しい風は夏の手前、空は快晴だ。
鳶がゆったりと飛んでいく。
久々の休息時間もあと三十分ほどで切り上げねばならない。
茶を啜り、手紙の類を畳んだ。
「さて」
ずっしりとした写真の束を代わりに持ち上げ、ぱらぱらと捲る。
良い話も悪い話も種々持ち込まれひっきりなしだったが弟の先行きも見ながら考えようと思っていたのだ。
それがもうあんななので、あれに頼るのは諦めることにさせてもらった。
写真を一枚一枚、ゆったり眺めては裏返す。
それなりの気配りと才知、代理を任せられるくらいの出で立ちは欲しくかといって宗一自身よりでしゃばられても厄介だ。
みし、と。
板の目踏むような軋みがする。
顔を向ければ親戚が廊下を通っていた。
危うげに供もなく壁を伝うのは細い年上の叔母でほとんどもう眼が見えないらしい。
腰を上げて陽のまぶしさに軽く眩む。
「春海さん」
廊下の背に声をかければ一拍してから振り返って緩やかな髪を揺らした。
以前から割とそうだったのだが眼から光が薄れるにつれ無表情が増している。
「その声は、宗一くん」
「お一人で歩いては、危ない。今人を呼んできます」
「危ないのは宗一くんだね。孝二郎に抜かれた。危うい度ランキング」
ふふふ、と怪しげに笑い薄暗い廊下を戻ってくる。
そしてよろめいて膝をついた。
北側には高い樹が立ち木漏れ日だけが軋む板床を白くしていた。
「宗一くん」
「何でしょう」
手を借りて立ち上がり、部屋で休ませてもらいながら明るい方を仰いで春海がつぶやく。
宗一は、見合い写真の束をなんとなしに遠ざけた。
「あの子たちはいい顔をしている?」
宗一と違い、春海は孝二郎を弟として心から愛していた。
愚弟に恋する女中のことも、姉の恩人として声には出さず感謝をしている。
そういうことだ。
春海叔母さんも弟同様に愚かであると、宗一は思わずにはいられなかったけれども。
「まあ、後先考えずに無茶できるのは若いうちですから」
「宗一くんは結婚しないの? さっさと政略結婚で一番いいところもってくかと思ったら、慎重で策士な方面に罠を展開中というやつなのね。らしいよ、実にらしい」
「せっかくなら策士の片棒を担っては?」
見えないというのに写真を並べて選んでもらう。
春海は戸惑いもせず一度全体をなぞってからすぐに一人を指差した。
「この人にしたらいい」
そうかでは試しに。と釣書に目を通す。
窓の外からは一望できる庭。
誰にも見られていないと思い込んでいるのか、縁側で黒い髪の結い上げに指先を添えもう片方の手を重ねてそっとしていた。
白い喉を僅か逸らし、塞がれた唇に着物姿が応えている。
それは一瞬だった。
あとはまた中学生のようなやりとりを交わしたらしく女中がそそくさと盆を持ち立っていった。
風がざわつき葉が命を湛えて緑をきらめかせる。
肩越しに振り向けば具合の悪そうな、それでもかつてのように飄々と畳みに転がるひとは初夏の陽射しに焙られて、病的なまでに細い。
「宗一くん、疲れたからお昼寝するね。おやすみ。というわけで出て行って」
相変わらず勝手な叔母だと当主は思う。
だがまあ、じきに会合の時間だ。
縁側の弟たち。
積み重ねられた、非の打ちどころがないご令嬢の写真たち。
日なたで無防備にまどろむ叔母の横顔。
たった三親等というその近さがこうまで遠くさせるものなのだったか。
妻を娶り家を保ち子を成し屋敷を繋いでいく。
そのくらいのことに様々の野心を燻らせ煽りながらも今は屋敷の最奥で、眠るひとの傍らにいて鳶を見上げている。
置き忘れてきたものが夏空にとけて消えていくような、それは儚かった望外の幻想。