(五)
熱の籠もる口と両指が長くもたせてはくれなかった。
言葉にならない呻きとともに粘つくものを生温かい肉へ解放する。
苦しそうに喉を鳴らしながらも僅か唇を離しては目を瞑りゆっくりと女中がそれを嚥下する。
俯いていた頭が髪と一緒に持ち上がる。
「ふは……」
梅子は甘い息をついて苦しげに口元を覆い、上下する肩を落ち着かせようと眼を伏せていた。
自分の精子を口元でねとつかせて耐える姿は予想以上に目の毒だった。
呼吸が荒くなるのを自覚した。余韻に浸る間もなくまた下腹が充血し目の前の相手に潜り込みたくて堪らなくその想像をしただけで理性がはがれて落ちていく。
相手しか目に入らず無意識だったのか腰を半端にあげ消したはずの灯りをつけた。
梅子がびくりと驚いて、眩しさに眼を細めた。それからさらされた身体に怯え毛布を引こうとする手首をその前に押え動けないようにした。
「ぇ、あ」
「見せろ」
震える声が相手にどんな風に響くのかも良く分からない。
混乱した幼馴染の顔は愛しく先ほどの行為も気にせず頭を抱えて唇を重ねた。
待たずに求めて舌を絡める。
抵抗していた梅子はそれでも、次第に目を潤ませて力をなくし喉を鳴らして応え始めた。
また太腿を撫ぜ反応を楽しんでからそこを指で犯した。
古びた蛍光灯の灯りに成長した丸みを帯びた腰が水音をたてて震える。
縋ってくる髪に指を埋めて肩を舐めた。
それだけでも反応が違い手のひらを温水が濡らす。
「や、嫌です、やだ、ぁ、ああっ」
泣き出した梅子をまた布団に組み敷いて身体を今度こそ明るい下で見た。
溜息が漏れた。
目が合う。
不安そうな揺れるものに答えて後できっと気付いた瞬間後悔すると分かっていたはずなのに口が止まらず気持ちが抑えられない。
「綺麗だ。もっと泣け。好きだ。逢いたかった大好きだ」
肌が染まり顔が背けられるのも胸を熱くして指を増やす。
異常に反応が良くなったからだがそれで驚くほど濡れて声を漏らして悶えた。
耐えられなくなり覆い被さる。
抱きしめるようにして指を抜き、もどかしく粘膜の入り口に先だけ押し当てる。互いに濡れていたのでそれだけで刺激が強く、滑るだけで声が混じった。
細腕が、首に回されてきたので布団についた両手から僅かに強張りを抜き、靄のかかった思考をほんの少しだけ集中して息の荒い梅子の顔を覗き見る。
呼吸音だけが沈黙の中で、空気を温めた。
梅子が腕の力を少し強めて引き寄せるようにした。
声は微かで、あどけなく追いかけてきたいつかのあの日のようだった。
どこかで。
屋敷のどこかで、楽しそうに声をあげる硝子戸の近く、女中達の声が遠く遠く閉じた襖を撫ぜる程度に聴こえてくる。
今夜は雪が降るだろう。
「孝二郎君」
蕩けた瞳は女であったけれども、いつだって孝二郎にとってこの存在は幼い日々に手を引いて泣かせ、自分を知っていて道に引き戻すいつでも傍にいて大事だということにすら気付けなかったあの少女だ。
「私も好きです。逢いたかった」
ぽつりと、呟いて、幸福と何かの混ざった泣きそうな目で梅子は笑った。
肌が熱い。
このまま一生こうして肌を触れ合わせていたいと柄にもなくそのことだけ意識を奪っていて孝二郎は梅子の頬に手を当てて、目元を緩めた。
そして顔を窺い確認してから脚を広げさせて腰を沈めた。
息が浅くなる。
肩まで布団を被っているのに部屋が明るいというおかしな事態が変に意識されて恥ずかしい。
本来ありえない体内に誰かが居てかき回しているという行為が心を満たして、しかも相手が想い人であるということで完全に口元が緩んでいた。
だってこれまでだって充分以上に満たされていて気持ちが良かったというのにこんなになるなんて、いつも自分の主人が蕩けてそればかり好むことを呆れたりしていたものも無理がない気がしてしまう。
触れ合う面積が増え息がかかるだけで身体の血管という血管が流速をまして幸福で声が出る。
最初はゆるゆると揺さぶられていたのが次第に強く激しくなり、それは流石に痛かったのだけれど瓦礫で肩を裂かれたときほどではなかった。
頭上で届く力ない息が気持ち良さそうで妙にくすぐったくなる。
唾液や汗で濡れた髪がすっかりほつれていてそれに鼻を埋められると震えた。
少しずつ、熱くなるたび奥から湧き出してくるのが分かる。
ぐちゃぐちゃと蠢く布団の暗がりから熱が滲んで肌の裏まで満ちていく。
汗で湿度の上がった毛布の下はじっとりと濡れていた。
滑りが良くなるごとに段々と頻繁に腰が打ち付けられるようになって水音が溢れ出した。
足指が空を掻く。
毛布がずれて片側の肩だけが外気にさらされていくけれど暑いくらいで痺れが構わず背を走る。
「ぁ、うん……ぅ、」
「は……、く」
抑えがちな掠れが耳の脇からしみていく。
意識が本能に飲まれていきそうになる。
勝手に背が反り合わせるように腰が揺れる。
そのたび気持ちよくて押えなくてはならないのに勝手に喉が幸福で甘く震えた。
必死で、身体を捻るようにし、布団に顔を押し付けた。
汗と涎でしみができ汚れていく。
ぁ、ぁ、と何度も漏れる喘ぎは止められず向きの変わった内部は刺激されるところを変え、触れ合う下部の肌合いも馴染んで温かさが満ちるたび身体を浸す甘い感覚が波を大きくしていった。
被っている布団が蠢いていやらしい。
ちゅくちゅくと小気味良く肉を打ちつける音がする。
やっぱり電気を消してほしかった。
もう何でもいい。何がどうなってもいいから声をあげて思う存分に応えたいと想うのに理性はどうしても消えてくれなかった。
重ねられて肩越しに指を重ねられたのを握り返して名前を囁きあいながら切羽詰って息を交わす。
圧し掛かる体重が震え、離れかけたのを手を握り返して引き止めた。
意識が溶けていく。
そうして生温かいものを今度は下に注ぎ込まれて、互いに震えながら受け止めて力が抜けるまで朦朧と声を漏らしていた。
汗でずるずるだった。
しみも口元で広がっている。
我に返る頃には肌寒さがじんと火照った上に撫でていくほどで、舌を先の方だけ触れ合わせるように暫らくしてから、またくちづけをした。
蛍光灯が畳と布団に白かった。
着替えて身体を拭き、縁側を覗けば曇っていて庭園はうっすら白を被っていた。
後ろで頭に手をやられ、振り返る。
廊下は寒くて少し軋んだ。
唇がふれあい、気恥ずかしくてなんとなく目を逸らしあう。
名残も惜しいが明け方までここにいるわけにもいかないのだ。
「雪だな」
「うん」
「また来い」
とても普通に聞こえたその言葉に温かさがあり、梅子は目元を和らげ素直に受け止めた。
「はい」
多分他の在り方があったのかもしれないけれど時を置いてようやく、戻ってきたような気がした。
実際には変わったものは戻らず進んでいくばかりで四季が巡っても咲く花は同じ蕾ではない。
ただ進んだ先で再び道が交わったのを互いに逃したくなくて縋っただけなのだ。
頭を下げて名残を宥め、客間の廊下へと残る温みを抱えたままで足を向ける。
後ろで襖が閉まる擦れがした。
肩越しに振り向く。
昔広く長く見えた廊下は、思いのほか狭くて古びて月の隠れた雪空に、ほんの僅か穏やかな灯りを落としているだけだった。