目次

春の花、揺り籠を聴く

本編
序章
一章『カナリヤ』
二章『枇杷の実』
三章『木ねずみ』
四章『黄色い月』
終章『揺り籠のうたを』
番外編
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宗一兄と琴子(本編の約十年前)

かわらないもの

書庫を出て軋む廊下を歩いていると、華やかな色が目に入った。
気の強い方の叔母だった。
宗一より二つ年上の彼女は、やや彫りの薄い向坂の血が強く出ているようではあるが、常に自信に充ち溢れて若々しい。
ただでさえ勝ち気に見えるところを、深紅の振袖に髪をひっつめ結い上げているものだから余計に気の強さが引き立って見える。
なるほど成人式だったか、と先程確認してきたカレンダーを思い返す。
大学入試を控えた宗一にとって祝日はカレンダーの赤色でしかなかったのだが、彼女らにとっては違ったようだ。
叔母が襖を半分閉めた区切りにこちらを見遣る。
宗一は軽く会釈した。
「どうも」
「あら。おまえも御苦労ね。来週が例の試験なんでしょう」
「はい。琴子叔母さんは成人式ですね」
「次に『叔母さん』って言ったら憶えたこと全部忘れさせるわよ」
双子の叔母は、姉も妹も、叔母さんと呼ばれるのを嫌がる。
間違った呼び方をしているわけではないのに理不尽なことだと宗一は常々思っていたのだが口には出さずに右手奥に眼を向ける。
耳に後引く柔らかな金属音。
乾いた冬風に廊下の窓枠がカタカタと揺れる。
半開きになった襖の奥、仏壇に手を合わせるのは春海叔母だった。
黙然と妹を待つ琴子は、もう手を合わせ終えたのだろう。

仏壇の向こうで微笑む老人は、宗一にとって祖父母だが。
叔母たちにとっては、成人を迎える前に亡くなった父と母なのだ。

二つしか年が違わないのにその身を流れる血の濃さは近いようで遠く、年の差以上の隔たりが横たわることを折に触れて知る。

頭を下げて通り過ぎ、自室に戻る。
しんしんと寒い廊下は陽の光で薄明るく、正月の浮かれ騒ぎが嘘のように静かだ。
背中しか見かけなかったが、姉と違ってやや落ち着いた色合いの振り袖は日本人形のような彼女に似合っていた。
挨拶くらいすべきだったかもしれないがまたあとで幾らも機会はあるだろう。
判別の付かない陰影は、いつしか春の気配へと移り変わるようにも感じられた。

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