(七)
雨が降っている。
軋むのは古い家具だった。
匂いは数時間前から籠もっていてもう息をするたび汗に代わる。
吐息が深く、湿って埃を巻き上げる。
「ァ――、ん」
入ってくる感覚が身のうちに気だるい熱を巻き込んでいく。
髪を弄られ組んだ指をより深く絡められると、無意識に自分でも締め付けてしまい情感が増した。
水音と後ろから入っている生温かさに肩が力を失い棚に縋る。
蔵の奥は屋敷より見つかりにくいと分かって寒さが薄れた頃から時折そこでするようになった。
「は、……っあ」
「ん。いいか」
呟きと一緒に往復が再開される。
普段よりも掠れた低い吐息は耳元から、あからさまな満足と欲情を伝えて余計に煽る。
髪を探っていた方の手が肩から胸に降りていき指に余るほどの肉を柔らかく撫ぜて揉み、先端を擦る。
タオルケットの上で膝小僧が擦れた。
「ん、っー、こう、こうじろ、く……、ぁっ、」
汗が滲む。
肉芽を潰され背に吸い付かれれば深くまで入った肉が襞を擦って蜜が溢れた。
溢れたものはぽたりぽたりと膝元に落ちて流れる。
今日はなんだかいつまでもできそうな気がしていた。
往復されるだけなのに、なんで、ただ入れて動かすだけなのに、こんなに気持ちがいいのだろう。
唾液が伝い肘が笑う。
切羽詰った背後の手が強くなり掻き回す動きは激しく最後の揺さぶりをかけた。
「ぁ……すげ、いい」
「あ、や、やだもう、いく」
泣きそうになる。
いつもこの瞬間が白いしずっと続けばいいと梅子は思った。
ぐちゅぐちゅとしていた音はもっとあからさまに肉のぶつかるそれになり何を叫んでいるのかも分からない。
「っ、いい、ぁ、ふぁっ……、あぁああ! あ、………っ、ぁ、は…」
膝を小刻みに震わせて受け止める。
古びた書棚の角を掴む爪の中まで甘いものが広がり痺れはいつまでも意識を攫っていく。
優しく抱きしめられたまま、ずるずると崩れ落ちて、朦朧としたまま頭頂部に顔が埋められて荒い息に口付けられるのを感じた。
冷たい土蔵の奥は昼に来ても暗くてよく分からないのにこの前後だけは表情まで分かるみたいな錯角がある。
タオルを引いた床に覆い被さられてうつ伏せ、まだ名残の熱い感覚を引くまでゆったり共有する。
背中に当たる相手のぬくい肌が脈打っていて妙に生々しかった。
奥まで入っていたものが濡れた液をまとってぬるりと抜ける。
それだけで少し感じて喉が震えた。
そうして腕の中に座ったままで上半身だけ起こし、なんとなく埃の中で余韻に浸った。
後ろの坊ちゃまがぼうっとした風に息をつく。
「……あー。寒い」
「ストーブ入れます?」
「今何月だと思ってんだ」
孝二郎は少し笑って腕を強めた。
しとしとと土壁を打つ音は疲れた頭にとても優しい。
軽く撫ぜられながら、身体を預けて耳を澄ます。
雨を聞いて暗い土蔵に居ると、昔のことを少しだけ思い出す。
数え切れない回数愛されて気にすることもなくなってきた傷は、雨の日には少しだけ痛む。
「そうだ、子供」
「は?」
「……名前決めなくちゃ」
呟いて膝上で指を組む。
ことん、とどこかで小物が落ちる。
背中に伝わる脈拍がぶれていた。
慌てて強く抱きしめている腕に触れ、熱い顔を俯ける。
眼鏡が外れかけていてまたフレームが曲がっていそうだとしょうもないことを思った。
「……梅子、それさ」
「あ、その、すみません。そうじゃなくて、琴子さまの方」
「――なんだそっちか」
背中で心底つまらなそうに溜息をつかれた。
正直怒っていいのかどうしていいのか分からない。
寒くなってくる頃まで沈黙が続いて、やっと孝二郎がもう一度笑った。
梅、と呼ばれて振り返る間もなく耳の裏に唇を寄せて軽く舐める。
「ふっ」
首が反ってそれだけで梅子は自分でも悔しいくらい反応した。
静かな土蔵に雨音は響く。
暫らく耳を仕返しのように舐められてから、解放される。
「何、するんですか」
抗議をしたのに撫でられて頬を染めた。
本当にこういうときの孝二郎坊ちゃまは「坊ちゃま」ではなくただの大事な男の人だ。
湿気に髪が上手くまとまらない。
着衣を整えて埃を払い、最後に儀式のように口付けて触れ合う手をほどく。
後始末をしながら、階段を下りながら、ぽつぽつと話をした。
建て替えたといってもあれから八年になろうとしていて、土蔵の汚れは手にも残った。
後で湯を浴びなければいけない。
「何だ、じゃあ名付け親になるのか」
「はい」
「そか」
孝二郎が呟き少し土蔵の天井を見上げてから、梅子の手を取る。
大きくて暖かかった。
暗い中で眼鏡越しに、瞬きして見返す。
「梅」
「なに」
「結婚しようか」
一階に、足の裏が降りる。
そして止まった。
心臓がとくとくと脈を増やした。
雨が暖かい。
空に雪はなくなり風が吹き、梅花の季節が過ぎていく。
段々暑さを待つ日々にも孝二郎は傍にいて、琴子さまの予定日が近付く入梅になって梅子は名前の候補を幾つか決めて主人夫婦に見せた。
そして仕事の合い間に暇そうな坊ちゃまと話をして、縁側でお茶を飲んで時折街に出て、あとは何度も何度も肌を重ねた。
再会してから一年が経ち秋より暖かい冬が来た。