お嬢様わがままにつき
「桜餅が食べたいわ」
――また琴子さまが無茶なことを言いだした。
薄暗い小さなランプの明かりだけが、和室の色を染めている。
敷かれた布団は、幅広のふかふかの上等なものが一枚だけ。
梅子は並べた枕(清助様がいないので隣で寝ろと強要されたのだ)に頭を預けて、薄眼を開けた。
朦朧とした頭のどこかで何か夢を見ていた気がするのだけれど、琴子さまが当たり前のように桜餅のどこが好きか語りだすので良く分からなくなってきた。
浮遊する意識を押し留め、女主人の声に耳を何とか傾ける。
「粒あんとこしあんどっちが好きなのかおっしゃい」
……ひどく仕方ない内容である。
昨晩も主人に初体験のおのろけ話を寝付くまで散々聞かされていて、ほとんど寝ずに早朝の仕事に入ったので眠いのだ。
頼むから変なことを言いださないでほしい。
僅かに布団から出ている肩の部分が肌寒く、梅子は少し身体を丸めて目をつむった。
昼間は暖かいものの、日が暮れるとまだ涼しさの残る季節だった。
手首を握って揺すられる。
「梅子ほら、眠っていないでお聞きなさい。わたくしは桜餅が食べたいの」
「……はい、明日、お店が開き次第買ってまいります…」
「ああもう、分からない子ね。今食べたいのよ」
「…申し訳…ありません、お許しください…」
幾らなんでも無茶である。
そして眠い。
腕を引かれる。半分眠そうに、むずかるように。
「だからぁ、今と言っているのに。わたくしの言うことが聞けないの」
「…す……せん。…」
「もう。仕方がないわね」
梅子の眼が完全に閉じて、寝息が薄れる。
琴子は女中の様子を少しの間、窺った。
今度は、うなされている様子がない。
「……そのままでおやすみなさいな」
甘いお菓子の夢でも見ればいいのだ。
枕を並べた女中の頬を撫でて目を細め、猫のように小さな体を寄せて女主人は目をつむる。