第二章 / わたしは千里を拾うことにする
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二学年の教室は校庭側の三階だ。高校は高台にあり、窓際の席は授業中でも街全体を一望できる。遠く地平線代わりの稜線には白い冠。残暑の風が日を追うごと冷えていくのは、山脈から吹きおりて盆地の底に届く風が、新雪を憶えているからだ。
暦の上では秋だとしても校則の上では夏服で、生地の薄い白いブラウスも、臙脂のタイも、膝上二センチのチェックのスカートも、朝夕時にはもう涼しい。喧騒に紛れて、教科書を揃えながら五時限目の鐘を聴く。
お人好しだとか、頼みやすいだとか、悪いときは八方美人だとか、そんな言葉に囲まれて大きくなった。事実、わたしは押しに弱い。悲しそうな顔の人を放っておけないところがある。どうしても気になってしまうのだ。だけど、わたしのこれは美徳じゃない。NOと言えないだけなのだ。NOと言えないわたしをつくったものは毎年の家族旅行である。……と、いうと大袈裟にすぎるだろうか。
家族が嫌いだとは思わない。ただで旅行に行けるなんて悪くないとも思う。でも、中学生くらいになれば、長い休みには友達と遊びたかったりするものだ。
実際、年の離れた兄は部活や友人付き合いやその他なにやかにやと理屈をつけて途中から一緒に来るのをやめてしまった。兄はいつでも要領がいい。
母はそのたび「お兄ちゃんのしたいようにしていいのよ」と笑顔で受け入れ、わたしのそばでため息をつくのが常だった。
要するに、わたしもあんまり行きたくない、とはもう言い出せなかったということだ。
わたしは兄の自由の生贄であり、いつでも両親の二番目だった。微笑んで首を縦に振れば喜ばれる。本当は横に振りたくとも。
断りそびれたときだけ褒められる、情けないわたし。お人好し、優しい子、そうだろうか。嫌われるのが怖いだけだ。成績が良ければ、妹のわがままが兄の希望に割り込めることもある。それを学んだから勉強もした。
どうしようもない「いい子」だと思う。
家族が大好きな女子高生って、実際のところどれくらいいるんだろう。好きと、鬱陶しいと、義務感のシェイクだ。
嫌い、がそこに入っていないことは認めよう。でも、嫌いじゃない、と大好き、の間には、はてしない谷底が横たわっているような気がする。
先輩はわたしのことを嫌いではないと思う。でも、わたしは「嫌いじゃない」はたやすく「鬱陶しい」に変わるだろうという恐れを抱いていて、だからこそ想いを言い出すことができなかった。
本来ならば異性に向けるべき慕わしさを、冬子先輩に受け入れてもらえるなんて都合のいい夢に縋ることはできなくて、……作り笑いの夕べが増えて。そんな矢先に現れた、男子からのわかりやすい告白にも、不安そうな目を見たらやっぱりNOとは言えなくて。
結果的にわたしの方が振られたのだから笑える。幼いわたしが得をしたくて身につけた性格は、思春期のわたしに損ばかりさせているんじゃないだろうか。
これだから委員長やら役員立候補やら、なんでも押し付けられてしまうんだろう。ことさまざまを思い起こして、膝の鞄を机に寝かす。年季の入った引っ掻き傷は滑らかになり、雲間の西日に照らされている。結局、誰かの不安そうな涙目を放っておけるくらいの強さはわたしにはないのだ。
――馬鹿。
先輩に叱られたような気がして、それすら嬉しい馬鹿さ加減に少し笑えた。
まずはクラスの仕事で遅れます、と生徒会に一言告げておかなきゃならない。これもまた、義務感といい子と作り笑顔の入り混じった、わたしらしい嘘つきだ。