目次

千里の裾野

プロローグ
1
第一章
1 / 2 / 3
第二章
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6
第三章
1
第四章
1/ 2
第五章
1
第六章
1
第七章
1 / 2 / 3
第八章
1 / 2 / 3 / 4 / 5
第九章
1 / 2 / 3 / 4
第十章
1
第十一章
1 / 2 / 3 / 4
第十二章
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8
エピローグ
1(完)

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第十二章 / わたしが千里と遊んでいたら、あっという間に日が暮れる

 
6

 つないだ手の先、白くすべすべの腕から物柔らかな肩の曲線へと視線を移していく。同じくらいの目の高さで、はにかむ少年の潤んだ瞳が待っていた。
「千里」
「はい」
「還っちゃうんだね」
 呟くことで現実感が湧きあがる。こんなに現実感のない一週間もなかったけれど。
「……はい。還ります。カオカさまと一緒にいられて、とっても幸せでした。えへへ、ご迷惑をかけてばかりだったのに、こんなこと言ったら怒られちゃいそうですね」
 透きとおるような笑みに、わたしの頬もつい緩む。
 うん。
 ぴょこんと揺れる可愛い耳も、百面相より素直な尻尾も、君の全部が大好きだった。
「うん。わたしも、楽しかったよ。元気でね」
 つないだ指と指とを、甘やかに絡めながら、目を伏せた。ごはんの準備はできました、と知らせるように。
「はい、ご主人さま。いただきます」
 千里はこんな時だというのに律儀に耳ごと頭を軽く下げて、顎を掴むとわたしの唇に吸いついた。ちゅ、と押しつけ、舌でなぞって甘く食み、唾液を啜る。こくりと飲み込み、ため息を漏らし、満足げに舌なめずり。そうしてまた唇を食み、歯肉や、口蓋を、長い舌でぺろぺろ舐って味わっていく。
「ぁ、ふぁ、……は。ん……っ」
 とろりとろりと、精気を吸われて、蕩けていく。
 今朝方まではただの「食事」でしかなかった行為は、千里にとってももう性行為を兼ねたものに上書きされているらしい。大きく反ったものが時々、当たるから、わかる。なにより千里が食事をしながらも、必要以上にからだを寄せてくる。わたしの肌に擦れるようにと位置を健気に調整しているらしいので、右手を添えた。そっと握って扱いてあげる。すると千里は口を吸うのを一瞬やめて、形のいい眉を悩ましげに寄せた。
「ぁっ、あ……」
 ねだるようにくねる肢体はとめどないこれまでの行為で汗まみれのべとべとだ。情欲の火種を煽る、獣のにおい。お互いの腰が、熱を帯びて揺れている。
 さすがに後ろから貫かれる姿を見られるわけにはいかないから、このまま手だけで出させて終わりにしたい。なのにからだは、雄のかたちを憶えていて、さっき溺れた熱い泥の一番底へ何度でも潜りたいと貪欲に火照る。そこまではできないんだから、忘れなきゃ、だめだ。必死で意識を、扱く手つきへ集中させる。
「はぁ、うぁ、……いただき、ます」
 乱れた吐息ごと、わたしを食べながら、千里はあからさまに腰を自慰のときみたいにかくかく揺すっている。紅潮した頬が、色っぽい。
 美貌の少年と舌を絡めて、さらに熱っぽいキスを交わしていくと、どんどんと手の内で「男の子」が大きくなってぱんぱんになっていく。わかる。じゅぷ、じゅぷと先走り液がいやらしい音で泣いている。千里が強引にわたしの頭を抱え込んで、呼吸も許されないくらいの深さで吸いつき貪ってくる。
 感極まった千里にひときわ強く舌を吸われて、わたしが先に、軽くいった。
「ん、ふむ、んんっ……!」
 背中が反って、腰がひくひく痙攣して、足の甲が浮いた。余韻に浸りながらも、まだ食べられているから、じわじわと解放まで気持ちいいのが長く続く。それでもやがて、いったあとの心地よい脱力がやってきて、張り詰めた肉を握っていた手も、ほどけてしまった。本能的にまた握ってほしいと思ったのだろうか、すぐに千里がわたしに被さるように体重をかけてきた。こちらも全身の力が完全に抜けていて、千里も快感で前のめりになっていたせいで、バランスが崩れてしまう。
「あっ、うわ」
「ふぁっ」
 二人、もつれて倒れ込む。結果的に、マットに押し倒されたみたいな体勢になってしまった。気づかいあうための視線の絡みは一瞬で。すぐに一度離れた千里の唇がよりいっそう、深くまで熱心に押し入って唾液を無理やり啜っていく。
「んあっ、いやぁ……ぁ、ふぁ、は」
 たくさん食べられて、いったん遠ざかって、また下唇をぺろぺろされて、息が乱れた。なんだかこの体勢は、まずい。よくない気がする。
「ぁんっ、やぁ待っ…て、千里、……や、ふぁ」
  だめ、また、おかしくなっちゃうから。それに、これじゃ、縋りつくばかりで、千里のを握れない。息継ぎのたび、首筋が吐息で湿るたびにはしたなく温水が湧いて、さっきまでのよく動く雄の栓を欲しがってしまう。忘れて、忘れるの、だから、腰、合わせようとしちゃだめ、入れちゃだめ。
「って、あっ、んっ、だめ、こら千里、『待て』でしょ……、もう終わっ…ああっ!?」
「カオカさま」
 入りそうになったので慌てて逃げようとしたところで、うつ伏せのまま、背中からぎゅっと抱きしめられる。耳元で、アルトが甘く囁いた。
「潮のにおい、濃くなってきました。……もう時間、ないみたいです。最後にもう一回だけ、びゅーってさせてくださいね」
「え」
 スカートのベルトを掴み腰をぐいと上げさせて。ぬるりと、獣の肉茎が襞をかきわけて最奥まで一気に押し入った。
「あっ………あ、あああ、え、あっ……っ、………ッ!!」
 貫かれた瞬間、また、達した。
 びくびくと跳ねるお尻に手を添えて、おちんちんを微かな水音を立てながらゆっくり抜かれて、また入れられる。何度も、何度も、目に焼き付けてでもいるかのように。
 それからすぐ、千里の動きが強く、激しくなった。射精するための動かし方、を、されている。マットに鼻先が埋まっているのが苦しくて、ふはっと、顔をあげて。
 目の前に、誰がいるのかを、否応なしに気づかされた。

 先輩が火のついていない煙草をくわえて、わたしをじっと見下ろしている。

 って。
 え? あ、あれ、つまり、いま。
 わたしが、おちんちんで悦んでるところ、冬子先輩に、見られ、て――

 ぞくぞくと、背中に罪悪感が流し込まれて甘い痺れがわたしを押す。
「やっ、違っ、これ、は。せん、ぁ…んっ…ーーっ!?」
「ふゃっ!? あぁっ、ご主人さま、そんなにきゅんってしないでくださいぃ……、おちんちん、とけちゃ、からっ…!」
「えっあ、やっ…や、だっ、そんなつもりじゃ、千里だめ、せんぱ、あっ、見ないで見ないで、だめ、わたし、ちが、違うの、止まって、止まってよぉ」
 なにも違わない。髪で隠しても顔を伏せたりしても意味なんてない。こんな声を漏らして、だらしない格好して、腰も自分からくねらせて押しつけて、千里もわたしも、人前なのにさっきの続きを普通にしてる。ぱん、ぱん、という肉の響きが繰り返し、続いて、馴染んだ粘膜は水気にあふれてぽたぽた泡立つ精を散らした。
「あっ。あっ、ああん、やああぁっ…あうっ、は、せんぱいだめ、見ないで、見ない、でぇ……」
「あぅ、やぅ、そんなきゅーってされたら、だめです、ぁは、だめ、です、ぼく、もうびゅって、しちゃ……、やぁ…っ」
 ふるりと幼い腰を押しとどめ、千里は耐えるみたいに抱き潰す力を強めた。動きがいったん止まったことで、弾んだ息を整えるくらいなら、なんとかできるようになる。
「やだ。見ないでください、こんなつもりじゃ、わたし――」
 言い募るわたしの声を奪ったのは、ひやりとした手だった。
 投げ出していた右手に、冬子先輩が手を重ね。関節をなぞるように、指先を絡めてくる。
「言ったでしょ。怒らないって」
 軽く引っ張られ、指先が二本、第一関節だけ握られる。
 ……現実感のない夢だ。
 おそるおそる見上げた先で、先輩は本当に、いつも通りの顔をしていた。ほのかな夕陽色に、色素の薄い肌を染めて、澄んだ瞳は優しげだ。
「だいいち、あんた素直じゃないじゃん。そんな顔で見ないでって言うときは、つまり見ろってことなんじゃないの」
 わたしは目を見開いた。
 冬子先輩が、巻き毛を散らして、わたしの顔を覗けるくらいに背を屈めて訊く。
「違う? 香緒花」

 ……違わ、ない。
 先輩が、一番、わたしよりわたしのことを、わかってる。

 滲んだ涙をマットに擦りつけて、続きを請うようにひくつく下半身を高く上げて押しつける。
 片手の指の二本だけをわたしに触れて、先輩は表情を緩めて、囁いた。
「……ご希望どおり見ててあげるから。続けなよ、『優等生の桧山さん』」
 その言葉の効果があまりに劇的だったので、千里が少女みたいな悲鳴を上げて腰を揺らした。かすかな水音が、またゆっくりと響きはじめる。ハイソックスがずり下がり、剥き出しになった膝小僧がマットに擦れるから痛い。夕陽の色に、チカチカ瞬く血色が混じる。‬粘液を散らして肉がぶつかる。
「あ、ふぁ、あ、ああっ、あっ」
 喘ぎながら、伝わらない想いを込めて逆光になったシルエットを時おり仰ぐ。
 見てる。
 先輩、が、女の子みたいに可愛い獣に犯されてるわたしを。
 舐めるように見てる。
 見られたところすべて塗りつぶすように官能に焼かれていく。温水はそのたびあふれ、内部もくねりながら千里が喘ぐほど収縮した。堪らなくなったのだろう。
「ぼく、あ、うっ、カオカさますごっ…もうっ、ぅあっ、あ、あ、あっ!!」
 ぷにぷにした温い手のひらがわたしの尻肉をぎゅっと掴んで深いところまでねじ込んでくる。律動も性急になる。おちんちんが充血して張り詰めてくると、出し入れに伴う苦しさが増した。
 でも、もっとほしい。
‬ ‪今日したセックスの中でも一番すごいの、しちゃって、一番だめになったところまで大好きなひとに見られちゃったら、わたし、どうなるんだろう。
‬ わたしの肺からも熱い空気が漏れる。こんなにぎちぎちに奥までいっぱいにされて、突きこまれて、先輩の指を握っているのにどうしても温かいもので満たされてしまう。わたし、先輩の前なのに、満たされて、中でいきそうに、なってる。
「あっあっあ! 出ます、出ます出します……っっ!!」
「あ、ふぁっ、ん……あ、あ、あっ、ああっ、いやいくっ、……や、っあああぁ…ッ!」
 どく、とからだの奥で熱いのが弾けた。千里は最後の一滴まで注ぎ込もうとでもいうように、ぐっぐっと腰を押しつけて荒い吐息でわたしの髪をかき分けながら、うなじをはむりと甘噛みしている。
 はぁ、と。先輩が、細いため息を夕闇に漏らした。
 抜けた肉の棒にたぷんと液体が糸を引いて、腰がぺたりとマットに落ちた。
 肩越しの小窓から、夏の夕陽の最後の一筋が、床に射し込んで、糸になって消えていく。
 同時に、地面がガタガタと揺れはじめ、白い光が体育倉庫全体を眩しいくらいに照らし始めた。
 西日とは明らかに違う光が淡く倉庫に広がっていくのを、涎を垂らしながら、わたしはぼうっと見ていることしかできなかった。

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