第十一章 / わたしは千里に甘噛みを許す
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十六歳の夏休み。好きでもない同級生と、あまり気持ちよくない初体験をして。
別れてひと月も経たないうちに、とびきりきれいで可愛らしい、でもやっぱり付き合ってもいない、しかも人間じゃない子と粘膜同士でつながってる。
わたしって、思った以上にだめな子だったらしい。
「はぁ、ぁっ……、ん、……ぁんっ、は…」
千里の肩を掴みながら、様子を見ながら。たどたどしく、そうっと腰を浮かせて、また沈めてを、幾度も繰り返す。処女を失って日の浅いわたしは、経験豊富なわけでもない。自分で動くのは初めてなのだ。難しい。なのに、……なのに熱い。前のときよりずっと、わたしの声が、ふやけてる。
わかる。すごくわかる。わたし、ちょっとだけだけど……、おちんちんで、気持ちよく、なってる。
「んっ……、はっ。……ど……かな。きもち、いい?」
「ふぁっ、ひんっ、あ、えぁ、……っ、あッ」
お世辞にも、うまくはない、と思う。それでも、千里は挿入中からカーディガンの袖を伸びるほど握りしめ、すりすりと頭をわたしに擦りつけ、めくるめく気持ちよさに耐えている。スカートに覆われた内側で、この子のモノが、はち切れそうになっているのが、押し広げられる感覚で、わかる。幼い肩もしなやかな背中もビクビクさせて、はっ、はっと舌を出して浅い呼吸を繰り返す。腰が痙攣するたびに尻尾が激しく振れる。黒硝子の瞳はとろりと潤んでいる。まだ精を放っていないのが不思議なほどだ。
気持ちいいなら、嬉しい。
けど、……正直、ちょっと、つらい。
自分で動くのって、つかれるものなんですね。
「はぁ。ごめん、ちょっと休憩ね」
こんなに体力がいるとは知らなかった。
情けないけれど、呼吸のペースが落ち着くまで、このままひと休みさせてもらうことにする。
すると、与えられる快感の波が弱くなったせいなのか。千里は物足りないとでもいうようにわたしにぎゅっと抱きついてきた。力が強い。ぎゅうぎゅう抱きつぶされて、少し痛い。……あと、なんだか心臓に悪い。
「あ、あの。千里? ごめんだけど、少しだけ休ませてもらったらまたするから――」
「ぅ、ぐしゅっ……ふぇっ」
って泣いてる?
え、えええ。べそかいてる。え、えっと、こういうことが初めての男の子に、耳元で泣きだされた場合っていったいどうすればいいんでしょう。って、こんな質問に答えてくれる人はいないのだけれど。焦るばかりで頭がちゃんと回らない。
え、なんで、ほんと、わたしなにかした?
同意が足りなかった?
血の気が引いた顔でぐるぐる悩んでいると、千里がさらにぎゅううと力を込めてわたしを抱きしめ、いやいやするように首を振った。
「んっ…ちょっ、苦し――」
「ごめんなさい。ぼくが、お返事しなかったから、ですよね。あの、あのっ、ちゃんと、すごく気持ちいいんです、カオカさま……。気持ち、よすぎて、ちゃんとお返事、できなくて、ごめんなさい。だからやめないでください、もっと、もっとぉ、さっきみたい、に、して、ください」
わたしが動きを止めたあとも、無意識になのか、千里の腰はもどかしそうに揺らめいていた。それが上半身を密着させたまま、「もっと」とおねだりするうち、つながった腰はわたしを乗せて生き物のようにくねりはじめた。
はじまりはゆっくりと。気がつかれない程度のささやかな揺らしかたから、徐々にはっきりと、快感を目的としたものに変わる。といっても幼い少年の腰ができたのはせいぜい上下左右への円移動くらいだから、きっと大人からみれば不恰好なカクカクとしたもので。
――そんな動きでも、わたしには十分すぎた。だってさっきは下手な自分の動きですら、今までにないほど感じていたのだ。それがこんな風に、予想外のところから、中を、あちこち、ぐいぐいされるのは。だめだ。赤毛の艶が散らす、天窓の光が、眩しい。肺が、酸素を欲しがっている。
「んっ…、ふぁっ、あっ、あああっ、だめ、だめ千里、それだめ」
「だめ、なんです、ね……ごめんなさい、でもぼく、これ、止まらなっ……ごめんなさい、ごめんなさいっ」
千里は涙声でさらに強く、腰をぐいぐい押しつけてくる。本能としかいえないようなそれは稚拙なのに暴力的で、火花を散らしてわたしの背骨を駆け上がり、直に脳天まで響いてくる。
「あ、違っ、だめじゃないっ、気持ちいの、気持ちいいから、あっ、あっ、続けて…っ!」
誤解されて、やめられたくない。だから焦って恥ずかしい本音をするっと告白してしまう。すごく。すごく、いい。
耳をピクリとさせた千里は安心したように、腕の力を抜きかけてから、大きな瞳を見開いて。
前触れもなく射精した。
中のモノが思い切り膨れあがって圧迫してきたと感じたのは一瞬で。千里に溜まっていた生温かい「熱」が――たっぷり、時間をかけて、つながったところに、放たれる。
「ぇ、え、なんで、勝手に、びゅって、ああ…ふぁっ……ぁっ…ん、んっ…はぁっ」
あとは茫然とした呟きが、水飴のように透明で甘い、とろとろとした吐息に混じって、わたしの首をくすぐるのだけを聴いていた。
くっついていた細腰が最後にもう一度だけ震えて、そこでようやくわたしは千里の初めてを最後までもらったことを知り、肩の力をゆっくりと抜いたのだった。
遠い、遠い、体育館の喧騒。
囁く秋風、枝が屋根を打つ音。黒雲は行き過ぎたのだろうか。
腕を緩めて汗まみれの額に頬ずりすると、犬はくすぐったそうに尾を振った。
わたしと千里はまだつながっている。
マットに擦れた靴下は、きっと白く汚れている。