目次

千里の裾野

プロローグ
1
第一章
1 / 2 / 3
第二章
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6
第三章
1
第四章
1/ 2
第五章
1
第六章
1
第七章
1 / 2 / 3
第八章
1 / 2 / 3 / 4 / 5
第九章
1 / 2 / 3 / 4
第十章
1
第十一章
1 / 2 / 3 / 4
第十二章
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8
エピローグ
1(完)

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第八章 / わたしは千里に「待て」を教えそびれていた

 
4

「ぅ、……ぇ、う…」
 ただただ、絶句。
 あまりにも想定外すぎて喉が引きつり声が出ない。
 そんなわたしの気も知らず、千里は、よく通るアルトで呪文を唱えてしばらく待ってから、濡れたショーツをまじまじと見つめた。当然きれいになるわけがない。濡れそぼったままだ。目をぱちくりして首を傾げた。もう一度、呪文。当たり前だけど変化はない。
 ……もうだめ恥ずかしい。死ぬ。今のわたしはきっと火よりも真っ赤に違いない。あそこに割って入ることを想像するだけでも恥ずかしいけれど、観察され続けるのはもっと勘弁してほしい。返してもらおう、と震える指を千里に向けようとした、……その時だった。
 耳先がぴくりと震え、千里は何度も濡れた睫毛を上下させると、フンフンとにおいを嗅ぎだした。次第に大きな黒目が見開かれて、ふさふさ尻尾が期待を込めて左右に揺れる。それから、それから――あろうことか彼はおもむろに、ふっくらした唇で、
 わたしの下着を食んだ。
 気絶するかと思った。
「ぇ、ちょっ、あぁぁ…せ、せせせ千――」
「おいしいです!」
 瞳を輝かせてこちらを遮り千里は尻尾を振りたくった。ビーフジャーキーじゃないんだからという心の声は当然届かず、わたしの犬はキラキラした目で手許を見つめる。間をおかずにもう一度、くわえたショーツの水気をじゅ、と吸い、飲み下す。濡れた杏色の唇から涎が引いていてわたしものと混じっている。もう寄せた唇は離れない。うっとりと、はむはむとわたしの舌を吸うように、まったく同じような敬虔さを伴って、牙をたて、ひたすらショーツを食み続ける。
「すごい、はぁ、甘いです。おいし、じゅっ、ちゅ、はふはふ…、ん、カオカさまのいいにおいって……、はふ、このにおいなんです…ね…」
「あああぁぁあぅ、うあうあう」
 もうだめ恥ずかしい。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。わななく口元がなにやらよくわからない悲鳴ばかりを漏らしている。これ以上はだめだ、もう、あれ、取り上げなくちゃ、わたしこのまま恥ずかしすぎてすぐ死んじゃう。引っ掛けていた新しい下着をおざなりに引き上げてマットに手をつくと、半泣きで、
「も、もうやめてったら……!」
 夢中になってる仔犬からばっと下着を取り上げる。手の中でわたしのと千里の体液が混ざった温い水が、じゅわりと指の股に染み込んだ。だっていうのに千里の目つきは餌を追う獣のそれで、謝るどころかふんふん鼻を鳴らしながらわたしの手を追ってくる。慌てて膝立ちになり、できるだけ高くに手を差し上げて千里から遠ざけようとして、
「ふぁっ、あっ?」
 ちょうど千里の目の前にわたしの腰があったのがいけなかったのだと、思う。
 千里の鋭い嗅覚はすぐに味見していたシロップがあふれた場所を嗅ぎ当てて、四つん這いになるとスカート越しにわたしの脚のあいだに可愛い鼻をクンと突っ込んできた。そうして顔ごと押し込むように、においを嗅ぎまわったのだ。
「ふあっ、えっ…、あっうそっなに、んんっ……はふぁっ、やっ」
「はっ、ぁ、カオカさまのいっとういいにおい、ここから……ふぁむ、きたんです、ね……んっ」
「こらあっ、……もう、ちょっと……は。あっ…ぁ、んっ。や……あ、ああっ……」
 きれいな白い手が、わたしのお尻をぐっと掴んだ。餌を前に興奮した獣の、生温かい息遣いがまた、ぞわりと腰を震わせる。そして何度も一番敏感な部分をスカートの上から押し込むように刺激されて、そのたび甘い声があふれ出る。うう、なに、なにこれ、やだ。これ、わたしの知ってる声じゃ、ない。こんな、声、元彼との行為でも出したこと、な、い……。さっきまで、キスされながらいったときは、口をふさがれていて喘ぐことすらできな、かった、し。
「ぁっ、あ、ひゃう、んっ…、ん………ふぁ、ぁ」
 嗅がれるたびに力が、ゆっくりと、抜ける。千里に負けないくらい、わたしの呼吸も深くて熱い。両腕がだらりと垂れ下がってされるままになり、奪った下着が、ぴちゃ、と音を立てて手のひらから滑り落ちた。
 千里は、もう、思う存分に味見をしている。『おあずけ』するのも限界なのだ。……そうだ、『おあずけ』ならわたしだって、されてた。さっき、もう少しでいかせてもらえるところだった。じゃあ、このまま、千里にデザートあげて、わたしも――
「千里、食べて。いっぱい食べて」
「……いただきます。カオカさま、いただきます」
 わたしと千里の言葉はほぼ同時だった。
 千里はスカート越しにわたしのそこにしゃぶりついた。だめ、スカートの替えはさすがに、持ってない。
「あっだめ、『待て』。ちょっと待って、」
 もどかしくもなんとか、スカートをたくしあげて千里の口から離させると、すかさず半端に履いていた下着越しに舌が這った。
「だめ、まだ『よし』って言ってな………っ、あぁっ、はっ。ふぁ、あぁ、あっ! あああぁ……んん~~っ…!」
 さっきまで高まっていたから、もういった。恥ずかしいほどあっけなく、いった。ふとももがはしたなくびくびくっと跳ねたあとで、にしゅ、と奥から熱いのがあふれてきて、千里の唾液以外の温水でクロッチが濡れる。
 わたしの敏感さなんておかまいなしに、千里はその甘い水を吸い取りながら飲んでいく。
「っ……! あっ、ゃ、んふっ、ぁっ、あっあぁぁやああぁ…」
 敏感すぎて、つらい。でも、千里はやめない。だから勝手にからだは楽になりたくて、気持ちよくなりまたあふれる。千里は、またそれを、美味しい美味しいと蕩けた顔で舐めていく。
 どれだけ、これ、続くんだろう。つらくても、気持ちよすぎておかしくなってしまいそうでも、今さら『待て』なんてできるわけもなくて。
 いっぱい食べて、と、わたしが命令したのだから――飼い主は、責任を果たさなければいけない。もっともっと、と、わたしの犬が、喉を潤したがっているのだから。

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