目次

千里の裾野

プロローグ
1
第一章
1 / 2 / 3
第二章
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6
第三章
1
第四章
1/ 2
第五章
1
第六章
1
第七章
1 / 2 / 3
第八章
1 / 2 / 3 / 4 / 5
第九章
1 / 2 / 3 / 4
第十章
1
第十一章
1 / 2 / 3 / 4
第十二章
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8
エピローグ
1(完)

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第十一章 / わたしは千里に甘噛みを許す

 
3

 と言ってはみたものの、なにからすべきだろうか。
 わたしの準備という意味では、なにもしなくていい。千里の「ごはん」になってしまった朝からずっと、……いつでも受け入れられるくらいに、はしたなくなっている。
 自覚は羞恥心を連れてきた。絡む視線をつと逸らして、別のところへ目を落とす。
 ……千里の、も、すごい。さっきの言葉に嘘はないのがよくわかる。釘づけになってしまい、思わず唾を飲み込んでしまう。
 なんかもう、あと入れるだけって感じだ。お互いに。
 期待をこめて主人を見つめてくる瞳をそっと、見つめ返す。千里もほんのり頬を赤らめ、はにかんだ。
「カオカさま。ぼく、なにをすればいいですか?」
「ん……。わたしからするから、それに、合わせて……くれれば、いいかな…」
 最後、声が裏返った。気まずい。浅めの呼吸がはやくなる。だめだ。こんな、手をつないだままで今からえっちなことをするための話し合いをして、その事実だけでもう、めちゃくちゃに興奮してしまってる……わたし。
 とにかく。あとは本番だけで、「わたしが」教えるっていうことは、その。想像するのも勇気がいるのだけれど。
 わたしから、……乗るべき、ですよね。
 視線がさまよう。無意味にスカートのプリーツを見つめたりする。
 深呼吸。
 喉が、こくりと鳴る。つないだ指に力を込める。問題は、その体勢を知ってはいても、やったことはない、ということなのだけれど。
 ……頑張れわたし。こういうのは思い切りが大切だ。これからするのは――ちゃんと気持ちよくて楽しいこと、なんだから。
 スカートを持ち上げて、膝立ちになる。千里がわたしを目で追った。ほんとうに、きれいな赤みがかった睫毛。ずり落ちかかった朱い羽織に、透きとおるような絹肌が映える。わたしと性別が逆だったら、単純だったのにな。マットに押し倒して、欲望のまま入れてしまうだけ。……なんて。妄想は首を振って打ち消した。
 膝を進めて背を屈めると、キスされると思ったのか千里は軽く目を閉じた。カーディガンの胸元に、黒髪が滑り落ちる。期待に満ちた尻尾が犬耳越しにぶんぶん激しく揺れて急かしてくる。わたしはもう少し距離を縮めようとして……、そこで。
「あ」
 肝心なことを忘れていたのに気がついた。
 まだ、下着を脱いでない。
 肩を落として、深いため息。不覚。……未経験ってこういう細部に現れるものなのだ。
 いったんからだを離して、紺色のプリーツスカートをめくった。手首を差し入れてショーツのゴムを指一本分、伸ばす。膝の幅を広くするだけで、どきどきする。替えの下着だったのに、ぐっしょりだから肌に吸いついて脱ぎづらい。これしきのことすら、なんだか無性に恥ずかしい。うまく息ができない。脱ぐときに指がちょっと引っかかっただけで混乱しているなんて、可愛い仔犬には知られたくない。処女でもないのに。みっともないご主人さまだ。
 一分ほどかけて、ようやく膝を抜き、足首を順に浮かせると、風通しが良くなった。
 気がつけば千里が伏せていた眼をぱっちり開いてわたしを見ていた。なかなか触ってもらえなくて、焦れたのだろうか――と思ったけれど、どうやら違う。拳を膝で握り、姿勢は四つん這いになるほど前のめりになっている。熱視線は今脱いだ青縞のショーツに向けられていて、半開きの唇からは、つうと涎が垂れている。……この状況、既視感ある。
「千里。ちゃんとおすわりしてて」
「はっ、はい。すみません」
 尻尾と背中をさっと直立させ、いい子になった。まったくもう。薄い布を背中に隠す。
 いくら甘いお菓子をねだるような上目遣いをしてもダメだ。スカート一枚での帰宅は絶対に避けたいので、これはおやつにあげられない。今日のデザートは別にあります。今からあげます。だからだめ。
 自分の下着がおやつみたいな扱いって、ちょっといくらなんでも気恥ずかしい。
 手の届かないところにショーツを遠ざけてから、改まって千里を呼ぶ。ほどよく緊張のほぐれた肌を触れ合わせて、さっきの続きに戻る。
 お尻をぺたんとついて座った千里に、膝立ちでまたがると、ふわふわの頭頂部が見下ろせた。スカートの裾を摘んで、てらてら濡れた赤黒い肉にふわりと掛ける。緊張でまたパニックになりそうだったので、小休憩にとうなじに腕を回した。三角耳の間に顎を埋める。
「あの、……カオカさま?」
 胸元で戸惑う気配がする。ここまできても、なにをするのか全然わかっていないらしい。
 わたしは返事の代わりに片手をスカートのテントに差し入れて、肉茎に指先を触れさせた。
「ふぁ、んっ…」
 よっぽど期待していたらしい。ビクビクッと幼い肢体が嬉しそうに震え、少年らしからぬ色っぽい悲鳴がベージュのカーディガンにこもる。胸を吐息で愛撫されているみたいで、少しどきどきした。
「か、かおかさま……うぁ、それぇ、もっとちゃんと、握って…」
「……さっきみたいなことは、しないよ」
 上半身を僅かに離して、潤んだ瞳を覗きこむ。
 もう。虐めているわけじゃないのだから、いちいち涙ぐまないでもらいたい。
「あの、ね。これから一緒に、あれよりもっと……、気持ちいいことするんだよ」
 だから、早合点しないで。
 腰を動かして、位置を調整しながら、自分のものじゃないみたいな、えっちな言葉を三角耳に吹きかけて、ふたりを魔法にかけていく。頬を黒髪がさらりとくすぐった。
「ねえ、想像して。わたしが千里のこと食べて、千里も、……わたしのこと食べるの。おっきくなった、これ、を、ね…『わたしのいっとうおいしいところ』の奥の奥まで、全部入れちゃったら」
「……っ…、……ぅ、ぁ」
 囁きが意識に沈むくらいの間を置いてから、しなやかな腰がふるりと震えた。確かに、命令通りに想像したのだろう。爆発しそうな興奮が尻尾の動きから伝わってくる。
 そっと千里の頭を抱きしめると、鎖骨を犬耳の産毛がくすぐった。手を添えていた亀頭を、潤んだくぼみへ導いて、先っぽをぬちりと押しつける。
 それだけで幼い背中は反り返り、嬌声も弾む。
「ふぁぅっ、うぁ、ひっ……!」
「んっ……、これ、もっと…いれたら、ど、なる、かな」
「あ……あぁ……っ、どう、なっちゃうんですか…?」
「知りたい?」
 コクコクと腕の中の頭が千切れるほど上下する。
 ん。わたしも、それを、知りたい。
 生まれて初めて味わう男の子の快感を、受け止めるのって、どんな感じか……知りたい。そして、もしできることなら。生まれて初めて女の子が味わう快感も、素直な仔犬に全部教えてほしい。わたしだって、なんでも知っているみたいな顔して誘っておいて、ほんとは知らないことばかりなのだ。言わないけれど。桧山香緒花は、嘘つきのご主人さまだから。
「あぅっ、……は、あっ。ん、…ん」
 わたしの声も甘たるい。腰をゆっくり落とすのに応じて、とろとろのあそこが侵入者を受け入れて、ぐっと拡げられる。違う。前に知ってたのと、やっぱり違う。じんじんする。千里の首に絡んだ手のひらに、丸めた背に汗がにじむ。
 どんな反応をしているのか、わたしが腰を落としきるまで見られない。ただ荒い吐息の合間に囀る悲鳴からは、どれだけ気持ちいいのか十分すぎるほど伝わってきた。
「うぁ、あ……あっ、カオカさま、カオカさまっ」
 何度もわたしの名前を呼んではしがみついてくる。わたしも千里にしがみつく。豪奢な羽織は手触りするりと滑らかだ。皺にならなければいいけれど。呼吸が弾んで湿ってくる。跳ねる三角耳を胡乱な視界で見つめて思う。
 ――わたし、人間でもない子と、セックスしてる。
 はあっ。と一番深く息を吐いたあと、腰と腰とはぴったりくっついた。紺のスカートが、紅茶のポットにかける薄いカバーみたいに、ふわりとかかっていやらしい結合部を隠している。
 軽く腰を浮かせただけで、布の皺模様も揺れる。なにもかかっていないより、かえってえっちだと思った。

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