第十章 / 未明ヶ丘冬子は温い夕陽に手をひたす
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高校最後の学年は、いわば下り坂を往くようなものだった。
地べたは泥の湿地。
紺鼠のスーツは団子虫、白い夏服は蛾。
足首を過ぎる涼風のみが爽やかだ。
しとしとと、物干しの土台を染める雨に追われて靴を履く。水滴が割れた酒瓶のふちで跳ね、素朴な不協和音で庭を彩る。
未明ヶ丘冬子は、波打つ髪を頬で揺らし、ごみ山を目端に捉えて立ち止まる。
亡き祖母から相続し、母娘で移り住んだ古い戸建。祖母の家庭菜園はいまや、酒瓶たちで埋まりつつある。捨てても、捨てても、追いつかない。いつだったか――疲れて一ヶ月ほど捨てるのを諦めたら、どこから手を付けていいのかもわからなくなってしまった。
まるで、自分の道行きを暗示しているようだ。……と、彼女は思う。
未成年で家を出るなら、就職以外の道は敷かれていないと覚悟していた。それも、母の真似をしたくはないから、性別と若さを乗率にした職業で稼ぐことだけはしたくなかった。それで父に助言を求めた。
娘の肩をそっと抱き、大学には進学しようと言われたときの泡立つようなうす寒さ。近隣の都市に、出張用のマンションを一室持っているのだと父は微笑む。これを機会に、酒浸りの母から、澱んだ瞳の父と同じ屋根の下へ、逃げてこいと誘いをかけて、
それは。
母のように、からだを生活費と引き換えにする人生、ではないのか。そうなら、この身は既に、母より冷たい地の底へ滑り落ちていく坂道の途中にいるのではないだろうか。
足首に絡みついた茨の棘が食い込んで、動けない。胸に迫る美しい夕陽はやがて薄れ、先の見えない宵闇に立ち尽くすしかない、それが冬子の立ち位置だ。せめて地面を掘れれば墓穴がつくれるのに、スコップをどこかに置き忘れてしまった。
錆びた門を出ると、ビニール傘を開く。母の嘆きは、晩夏の空を重くする。歩いても歩いても、しばらくは鼓膜に粘りついて、さらに卸金で荒く削られるようなざらざらした足ざわり。
だから、せめて。温かな夕陽に、うつろなわが身を沈めていたかった。