目次

千里の裾野

プロローグ
1
第一章
1 / 2 / 3
第二章
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6
第三章
1
第四章
1/ 2
第五章
1
第六章
1
第七章
1 / 2 / 3
第八章
1 / 2 / 3 / 4 / 5
第九章
1 / 2 / 3 / 4
第十章
1
第十一章
1 / 2 / 3 / 4
第十二章
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8
エピローグ
1(完)

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第十二章 / わたしが千里と遊んでいたら、あっという間に日が暮れる

 
1

 ……つながってから、どのくらい、経ったのだろう。

 息遣いばかりが、耳に染み込む。
 どちらの呼吸音かもわからないくらい、それは混ざりこねられ溶け合って、規則正しい水音を隠してしまう。

 しばらく大人しくなっていた千里の「男の子」は、元どおりになっていて――というのも、悪い飼い主が、つながったままの体勢で唇をたくさん舐めて、舌をちゅくちゅく吸いあげたせいなのですけれど――くっついた腰が動くたび、スカートのプリーツに潜んだ光がうねる。

「ね。千里、見て……こうやって、……抜いたり。入れたりすると、いいんだよ。ほら、腰、浮かせてみるから。やってごらッ、んっ、ゃぁ、あ…ふぁ、あ、あっ、んっ……!」
 稚拙ながらも抜き差しを繰り返されると、擦られて、せっかく持ち上げていたお尻がかくんと落ちてしまう。ふわふわの頭を抱きしめて、わたしは何度目かに弾んだ息を整える。
「ぁっ……は、ぁ。も一回、やってみよ、か?」
「は、はい。お願い、します」
 その前に、……と、磁力で引かれているみたいに、唇から突き出た舌先同士が近づき、絡みあう。ちゅぷり、ちゃぷりと、しばらく深いキスが続く。
 初めての暴発にわけもわからず茫然としていた雄犬は、懇切丁寧に、気持ちよくなる方法を「教えられて」いるところ。さっきから、ご主人さまを膝に乗せたままで、基本の動きを勉強中なのだ。
 講師は新任の桧山香緒花なので、頼りないこと限りないのだけれど。
 でもまあ、嘘をついて知ったかぶりするのは得意だから、なんとか誤魔化せていると思う。長年磨き上げた優等生の仮面も役に立つものだと、荒い鼓動の隙間で息をつく。
 汗で湿った長い黒髪が数本、口に入っていたのを除ける。邪魔だし、くくってしまいたいけれどあいにくヘアゴムがない。持ってくればよかった。
 気を取り直して、千里の肩に手を添える。深く、息を吐きながら――俯きがちに、腰をゆっくり、浮かせていく。じんじんする。吐息が湿る。奥の方で混ざっていた白い蜜が、それにつられて、落ちてくる。
 千里が堪らないといった表情で顎をクッと上げ、目を瞑った。
「ふ、ぅ……っ」
「そう。また、ほら全部…いれ、て。腰落として抜いて、また、そう、奥にぐっ、て、ね、そう……あ。んっ。上手、だよ……」
 また、腰が落ちてしまいそうになるのを耐える。快感と疲労で膝が笑いそうだ。息が弾んでろれつもうまく回らない。
「だいた、い、わかってきた?」
「は、はい、ありが、と、ございま……ぁあっ!」
 耐えきれずにわたしの腰が落ちたので、刺激で鳴き、白い首筋がまたかくんと反った。わたしが膝を折るたびに、カーディガンにしがみついて、必死に呼吸を整える姿が色っぽい。
「はぁッ、はぁッ、ぁ、あっ……ふぁ、ぁ」
 返事もできないほど息が上がっている。
 初めての子にとって、この「お勉強」はいろいろ負担が大きいようだ。
 最初だからと、わたしの方が上になっていたけれど。下になって動くのも、大人の男の人ならともかく、少女体型の千里には重くて大変かもしれない。
 ……あ、別に、わたしが重いといっているわけではないのだ。断じて違う。体重計には毎日乗っているし。むしろ細い方だし。小さい子には人ひとり支えるのって重いだろうな、っていうことであって。
 うん。
 ともあれ。
 そろそろ違う格好になったほうがいいかもしれない。男の子がよく上になるっていうことは、その方がやりやすいからなのかもしれないし。
「疲れた? 休憩する?」
 わたしの声に、千里はハッと顔をあげた。切なそうに唇を開きかけて、やがて思い直したように俯くと、しぶしぶ頷く。それでも尻尾は素直に催促してくるのだからおかしい。
 顔が綻ぶ。押し殺しきれずに笑い声が漏れてしまう。
「……あのね。千里」
 ふわふわ頭を優しく撫でて、乏しい知識の泉から、すくいあげては伝えていく。
「今は、わたしがこうやって、千里の上に座ってるけど。大事なのは、つながって、気持ちよくなるやり方を探すこと、なんだよ」
 言葉を探して、ひとつ呼吸。
「だから、ここに……ん、こうして、入ってさえいれば、千里が、寝転んだわたしの上から、入れてもいいんだよ。やったことないけど、後ろから抱っこして入れる人もいるし」
 犬の交尾だったら、むしろそちらの方が正統派といえるのかもしれない。どうなんだろう。千里の故郷で、耳と尻尾のある子たちがする方法なんて、知らないし。
「とにかく。やり方はいろいろあるから。慣れてきたら、千里が自分で動かしやすい格好になっていいんだよ」
 腕の中でいちいち真面目に頷く雄犬が健気で、温かな気持ちになる。ピンと立ちあがり、飼い主のしつけを聴き取ろうと懸命な三角の耳も、ご褒美をあげたくなる素直さだ。
 なんとなくそうしたくなって、右の犬耳を、軽く三度食んでから、息を吹きかけた。千里のアルトが、「あ」の一音を弾む息と交互に吐きだして、臙脂のリボンタイを唾液で濡らす。次は、左の耳。獣のにおい。喜ぶ尻尾。いい子のお耳を、たくさん褒めてあげましょう。
 しばらくそうしていると、刺激に慣れたせいなのか――千里の呼吸に変化が起きた。具体的には、すんすんと鼻づらをわたしの首に擦りつけてくる。積極的に深く息を吸い、雌のにおいを嗅いでいる。
「せ、千里?」
 耳弄りをやめて、顔を覗く。
 なにをなさっているんでしょうか。
 出会ったばかりの頃にわたしが訊かれたことを、そっくりそのまま返したくなる。
「……いいにおい、します」
「そうなの?」
 問いかけながら、なぜか、うっすらと緊張した。
 黒硝子の瞳が、少し下から、わたしをじっと見据えてくる。
 乱れた赤毛に縁取られた、小さな顔。こめかみに伝う汗が薔薇色の頬を濡らしている。天使のような少年は、上目遣いで、艶かしい唇を引き、ふわりとわたしに笑いかけてきた。
「ぼくが、おちんちん抜いたり、入れたりしてると、カオカさま、いいにおいになるから、好きです。萬宵花よろずよいばなの蜜みたいな甘いにおい。ぼく、宵蜜煮好きなんです。すごくおいしいんですよ」
 は?
 ……え、ええと。
 なにがなにやらわからない。恥ずかしいことくらいしか、わからない。なのに千里はまたわたしの首元に鼻先を埋めて、すうっと息を吸い込んでいるからどうしようもない。困る。居た堪れない。視線をどこに持っていけばいいものやらわからない。
「あ、あんまり嗅がないで……恥ずかしいから…。そ、それより。休憩はもういいよね。さっきの続き、自分でできる?」
「はい。やってみます」
 誤魔化すことしか考えていなかったわたしに対して、不安なくらいさっぱりとしたいいお返事。訊ねる間もなく、つながった腰がふっくらした手で掴まれる。そして不意に一度ぐいと抜かれて、ゆっくり、けれど今までの「練習」よりはずっと早いテンポで、奥まで繰り返しぱちゅぱちゅと肉茎を打ち付けられた。
「ああっ!? んっ、ひゃ、ひぅっ」
 ぼくご主人さまのお言いつけどおりにできているでしょうか、とでも言いたげなわかりやすい視線と目があって、揺らされながらもなんとか頷く。
「あ。うんっ、じょう、ずだから、続けっ、ひぁ、ああっ、んゃ」
 わたしは千里の羽織に顔を埋めて、マットを規則的に擦る膝頭の感覚をしばらく受け取ることだけに意識を向けた。じんじんと、広がってくるこれが、肘から指先へ、膝から足の裏へ、温みをもって伝わるのを、味わうために目を瞑る。
 素直な生徒は、物覚えが、とてもいいらしい。
 そうしているうち、いつの間にか千里の動きに合わせるように、わたしのお尻もいやらしく反応していく。敏感なところをいっぱい擦りつけるように、何度も何度も、くいくいと前後に動かし続ける。おへそから下だけが別の生き物になってしまったみたい、で、止まらない。
 知らない。
 こんなの知らない。
 千里の叫びが、今なら、とてもよくわかる。「だめ」って命令されても、止まらないことって、本当にあるんだ――

 息遣いばかりが、耳に染み込む。どちらの呼吸音かもわからないくらい、それは混ざりこねられ溶け合って、規則正しい水音を隠してしまう。

 ううん、違う。
 今度は、「お勉強」の時よりもずっと水音が大きいから、えっちな音が喘ぎ声すら覆い隠して、鼓膜を叩いて性的な興奮を高めてくる。
 腰、疲れるけど、気持ちいい。
 気持ちいいけど、……すごく、疲れる。
 体力的な限界がきたのは、幼い千里の方だった。
 彼がはあはあと息を荒げて、わたしに抱きつき倒れこむまで、わたしたちは夢中で稚拙なセックスを続けていた。

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