EXTRA / 2-(3)
とても近い距離で、見つめあって。
数えきれないくらいにゆっくりと唇を食みあってから、緩々とそういう気持ちが戻ってくるのに、お互いに額の汗を混じらせた。
持て余した熱を逃がすように、また、舌を絡めると、余計に熱が増幅されてやめられなくなった。
滑る歯列をなぞり、喉の奥まで貪られて服越しに膝が擦れあった。
腰を抱いている男の人の腕が、位置をずらして、薄手のセーターをたくし上げてくる。
「あれ」
そのまま潜り込んできた手に探られるかと身を震わせたところで、
ふと、イトくんが動きを止めた。
重なる顔が僅かに離れて、いつもの口調が戻ってくる。
「つけてない?」
「…こういう服なんだよ」
下着代わりに、最近よく売っているカップ付きのタンクトップを着ていたのだけれど、ここで説明するのも微妙な気がする。
やっぱり、ちゃんとつけていないのはおかしいだろうか。
こういう状況になってもいいように、それなりの何かを着てくれば良かった。
「どれどれ」
めくられた。
やめてほしい。
というか、さっきはそんなこと気にしないで触っていたのに今更なにが不思議なのだろう。
普通の会話をしているのに、他の人には触らせないような場所を擦る大きな手のひらがひやりとしていて落ち着かない。
無駄に感嘆している幼馴染を軽く押すと、苦笑されてそのまま下もまとめて脱がされた。
裸の肩が毛布の合間に入る空気で動くたびに肌寒い。
「ん、っ……ふぁ、……」
柔々と揉まれて、先を摘まれる。
さっきと違って優しい触り方だったので、肌がちりちりと甘く痺れて鋭敏になる。
なぞられるだけでひくりと反応してしまう。
まだ、数える程しかこういうことはしていないからか。
さっきのおかしな会話のせいなのか。
分からないけれど、今だに触られていると鼓動がぶれて目が泳ぐ。
潜り込んだ毛布の中で、肌を塗りつぶしていくみたいに丹念に腕にも鎖骨の周りにも、舌先がゆっくり這っていく。
あまり大きくもない胸もその合間に優しく揉まれていて、荒かった息はただの浅い喘ぎになっていた。
「ぁ、は……はぁ、んぁ……っ」
左側の先を唇で挟まれて、声が裏返る。
噛まれて吸われただけで、シーツに染みが広がっていく。
溢れているところに手が触れて、すぐその熱さに気づかれた。
「すごいね」
妙に嬉しそうに彼が呟く。
うるさい。
……居た堪れなくて顔を背ける。
イトくんはまた身体を毛布の中に沈め、からだのあちこちを味わいはじめた。
胸の脇からお腹へ、更に下の方へと体重が移って、布団の足元から外気も入った。
刺激の強さに逃げようと身を捩っても、足を押さえられて動けない。
「あの、あ、……いとく、それ……やっ、だめ」
「『なにしてもいい』んじゃなかったの」
布団越しにくぐもった声が意地悪に返ってくるのと同時に、脚の間に顔が埋まって吸われ、舐められた。
「ん、あっで…も、ぁ、……ひゃ、ふぁ、ぁう、…っ……」
返事はもう返ってこなかった。
必死で拒否しても聞いてくれずに、ただ舌を入れられて、敏感な部分もゆっくりと吸われながら舐られる。
背が反って、身体中に汗が滲んだ。
じわじわと押し込まれる深い衝撃に規則的に脚が跳ねた。
シーツの下まで汚してしまうくらいたくさん溢れているのが自分でも分かるのに、どうやって止めればいいのかが分からない。
「ぁ、あああ、やー…ぁ、う、やう、あ、やぁっ」
弱いと知っているのに、同じ場所ばかりじっくりと舌が捏ねてくる。
初めてしてから、数えるくらいしかこういうことはしていないのに、イトくんは私の反応するところをちゃんと覚えて忘れない。
私はいつもわけが分からなくなって記憶が曖昧になっているというのに、イトくんばかりずるい。
息がさっき無理やりされたとき以上に乱れていて早い。
これをされるとすぐ駄目になってしまう、のに。
強い白い光がチカチカと目の裏を焼いた。
あっという間に、軽いけれど間違いなく高みに達して、意識とは無関係に背が反った。
脚の付け根がふるふると痙攣しながら繰り返し動いては、暫くしてから崩れ落ちる。
敏感なままの中に何本かの指が押し込まれて腰が浮いた。
それでまた声が抑えられなくなったところで薄暗い中に影がかかり、唇を塞がれた。
舌に遅れて指が抜けると、勝手に喉が切ない声を漏らす。
準備のためか体温が離れたので、髪が広がるのを感じて頬を壁側に傾けた。
力の入らないからだを壁側に倒し、後ろの人に背を向ける。
腰の下でシーツがつめたい。
久しぶりにしても、敏感すぎるような気がした。
こんなに身体がいうことをきかないと、なんだか不安になってくる。
どこまでも欲しくて、幼馴染と肌が重なる場所だけ感度が倍加されているみたいな錯覚が熱に滲んで汗になる。
一瞬だけ背中が寒くなった。
準備を終えたイトくんが布団に潜り込んできて、背中を温めてくれる。
抱きしめられて首を噛まれて反射的に、身が竦む。
幼馴染が耳の裏でそっと笑った。
「なんで逃げるの」
「……なんとなく」
「ひどいな」
苦笑して後ろから回された腕が、また脚の付け根へと自然に潜った。
喉が粘つく。
「は、ゃ……っ、」
強引に指を何本か差し込まれていた。
――あつい。あつい。
名前を呼ばれただけで朦朧として、あっけなく、またも理性が消えていく。
もうどうしようもなく痺れていたそこは異物を飲み込んでうねって悦んでいた。
「んっ、や、ぁう……っ」
目の前の壁に手を押し当てて、堪える。
生理的な涙がこぼれて、目が閉じた。
たいして動かされてもいないのに、あっさりとふやけて腰が痙攣する。
熱い水が奥から溢れてひくひくと硬い指を締め付けている。
だらしない声が喉から勝手に緩々と漏れた。
「……っ、あ、ー……ぁ、……」
「ひーこ、またイってる」
無意識のような呟きが鼓膜を震わす。
言われたことに理解が追いつくと心の代わりに芯が焼けた。
また弱く痺れて、腰が震える。
指が抜けて、首筋を舐められる。
荒い息は私のものなのか彼のものなのか、どちらだろう。
横になった体勢のままで振り返ろうとすると、気づいてくれたので互いに口を貪った。
舌先が離れてすぐに後ろから脚をずらされた。
「ぁ……」
ゆっくりと入ってきたのが分かってしまって視界が滲む。
散々蕩けていたせいか、今までみたいな痛さがなかった。
荒い息を落ち着けて、額を撫でられてぼんやりと薄れていく感覚を思い出す。
背中があたたかい。
じわりとしみていく感覚が知らなくて戸惑う。
もしかして気持ちいいのかもしれない。
よく分からない。
後ろから抱きしめられているのは、確かに心地よいけれど。
緩々と動かされる。
酸素が足りない気がするのにうまく吸ったり吐いたりができない。
なんだか、…よく、分からない。
「なんか、……声、違うけど…気のせい?」
囁かれてやっぱり変なのだとからだが先に意識する。
「そ、な…ああっ、や、わ……かん、な……、」
自分でも気づくくらいに吐息が濡れていた。
ゆっくりした出入りの合間に、胸を柔々と撫ぜられた。
先端を強く摘ままれると足の先に力が籠る。
ゆっくりと動かされるたびに、掴もうとして掴めない、
知らない感覚が弱い波になって、緩やかに打ち寄せては去っていく。
痛くされるよりも怖くて、わけが分からなくて必死でシーツを握りしめた。
耳の脇を味わっている舌が生温くてどうしていいのか分からない。
ぼやけた視界が色を変えていた。
「ひーこ」
「……ふ、ぁ。ん……」
「名前呼んでみて」
「い、ぁ……いとく……ん」
「そっちじゃなくて」
苦笑されて、耳を噛まれた。
意味が伝わるまでしばらくあって、それから恐る恐る呼びなれない響きを囁くように口にした。
それはよくなかった。
お互いになにかが溶けて駄目になってしまったみたいだった。
崩れる指先ですがりついて、あとはただ体勢をされるままに変えて荒い動きを受けとめる。
息は勝手に涙声になって、知らない波は遠ざかっていく。
わけも分からないままに安堵と喪失が混ざり合って、泡立った気持ちを逃がすためにただ汗で滑る手を握って、枕に額を押しつけた。
イトくんのにおいがすると薄れ行く意識の淵で思う。
……限界がきていたのだろう。
砂礫を踏み外して流れにたちまち、沈むように。
そのあとに揺り起こされるまでの記憶は、温みだけを脳裏に満たして、
ほのかな蒸気の薄れるように、布団の湿り気の中で、何処かに消えてなくなった。