目次

Scarlet Stitch

本編+後日談
本編 (*R-18)
Extra
番外編
🌸…本編ネタバレあり
作品ページへ戻る

例えば追憶の断章

初めて幼馴染が、視線を据わらせて、黙り込んだのを見た。

一学年上の数人と、クラス替えで同じクラスになったばっかりの男子に、なぜかランドセルを汚されて傘を取られて、濡れたまま帰ってきた。
兄さんの友達のその人は、うちにいて、微熱なのをいいことに私の部屋でいつものように本を読んでいたらしい。
おかあさんが弟の保育園の行事で運悪くいなかったその日は、濡れた鍵が手の中で錆びたにおいでつめたかった。
だから幼馴染がいてびっくりしたのだ。
帰らなくちゃなあと、無心でただ通学路を辿ってきた幼い私はそこで何かがほどけて、声をあげて泣いた。

意地悪をされたのは私のせいではないと、拭くためのタオルを出してきてから、黙った後に、その男の子は静かに言った。
そうしてオセロを高い棚からあっさりと手を延ばして取ってきて、一緒にしばらく遊んでくれた。
兄さんが帰ってきたのはしばらく後だ。
その人は、兄さんの部屋に珍しく自分から、入っていった。
何があったのかはよくわからない。
喧嘩はしたみたいだ。

苛められるのはそれで終わった。
今でもよく分からない。
予測しかできない。
でもあの日からだ。
一学年上の、兄さんと幼馴染が、一緒のクラスに登校するのに連れ立つ日が増えてきて、喧嘩が単なるどつきあいになってきて、兄さんも前ほどは威張る様子がなくなった。
まあ、そんなことはどうでもいいのだ。
私は今でもあの日を憶えている。
……それはそれだけのことだ。

back index next