その31
「下着つけてないね?」
「……」
なんでそんな質問に答えなくてはいけないのか。
見えないようにパジャマの襟を寄せる。
すごく興味深そうに言う幼馴染に呆れて、ベッドの上で彼を見上げた。
風邪が移ってしまって、私まで休むことになった。
そう具合も悪くないし、ちょっと熱っぽいだけなのだけれど、皆も受験生なのだから移してはいけないと思って休んだ。
聞き逃してしまうだろう授業のことを思うと、溜息が出る。
文化祭の準備にも穴を開けてしまうし。
今日明日と寝て、彼岸休み明けには、治っていることを祈りたい。
ほとんど治っている幼馴染も一応、大事を取って休んだままだ。
それで、午後までの留守番の間、生姜湯を作って持ってきてくれたはずだと思ったのだけれど。
いきなり力が抜けて、感謝の言葉が頭から消えた。
熱いカップを受け取って、ベッドが、脇に腰掛けた重みで軋むのを聞く。
身体をずらして離れると、ちょっと不本意そうな顔をして、幼馴染が肩を竦めた。
「言ってみただけなのに。信用ないなあ」
生姜湯の熱を一口含み、久し振りの風邪の飲み物を眺め、無視した。
……微熱のはずなのに、無意味に顔が熱いのが悔しい。
つけていなかったらどうだというのか。
無理に何かしようとする人ではないと知っているけれど、そういう発言をするのはやめてほしい。
湯気を吸い込むと少し落ち着いて、軽く息をつく。
特有のこの香りは、インスタントだけれど、小さい頃からうちに常備されている。
少し飲んで膝上に置くと、パジャマの薄い生地のせいで熱くてまた離した。
部屋の空気が、少し寒い。
「そういえば、ひーこ」
「…何」
「ぼくが休んでる間、何か変わったこととかあった? 文化祭の方は携帯で連絡してるから、それ以外で」
自分に淹れたインスタントコーヒーから口を離して、幼馴染が言う。
こぼしたら緊急事態なので、今は流石のこの人も、触ったりしてこない。
こんな風に移ったのは、あのあとイトくんが明らかに移ってもしかたないことをしたからなのだし。
まあ、最初にしたのは私なのだから、こちらの非は認めるけれども。
自分が何をしに行ったのか本気で分からない。
思い出すと熱が上がりかけたので、生姜湯に目を落とす。
どれくらいの早さで飲み終えようか、迷ってまた一口熱さを喉に流した。
「特にないけど。七月の模試の結果は出てた」
「ひーこ、成績表持ってきたっけ」
「私、受けてないもの」
呟くように返して、溜息をついた。
言ってから今更、少し後悔する。
イトくんが、あぁと頷いてカップを膝に置いている様子は、いつも通りだったのでいいけれど。
別に彼にとってはどうという日でもなかったろう。
足を捻挫したあの模試の日のことは、私にとってはひどく大きな出来事だった。
横目で、近い距離に自然に座る男の人を、眺める。
平日の昼時に、こうしているのは妙に現実感もなくて、不思議な気がした。
いつまで続くだろうと思いながら、カップを持つ手が熱くて、また一口飲む。
まだ、聞けずにいるけれど、帰り際に大学案内まで見つけてしまったのだし。
それにいつかは、知らずにはいられないことだ。
正座していた膝を崩して、枕のすぐ脇に腰を落とす。
風邪特有のぼんやりとした意識が、なんとなく沈んでゆらめいた。
足の下の毛布が、柔らかくて影になる。
いつの間にか、イトくんが半分日常的になった仕草で手を伸ばして髪を梳いていた。
それを黙って感じながら、カップを持ち直した。
落ち着かなさが最近、安心感に少しずつ侵食されていて、それはそれであたたかく。
大分温度のやわらいだ生姜湯を、言葉を隠しながら飲む。
ちらりと見ると、目が合った。