その32
私はやはり、享の言うように、淡白なのかもしれない。
絡んだ視線を瞬きして逃し、髪を梳く手を黙って感じる。
もっとこう、何か甘えてみるところだったのだろうか。
実の兄さんにも甘えた記憶がないから、持って生まれた性格なのだろう。
イトくんは、何も言わずに触れてくれるので少し安心する。
私は嫌がっていないと、知ってくれているのは心地いい。
しばらくして、髪から指先が静かに抜けて彼の膝に戻った。
カップの底にひと口残った薄色に、目を落とす。
別にどうしても触っていてほしかったわけじゃない。
飲み干して、斜め横から、幼馴染を眺めた。
私は、甘えたりしたことがないから。
我侭の言い方が分からない。
小窓の網戸越しに、曇りがちな彼岸の空がある。
回収する手にカップを預けて、気のせいみたいに撫でられた頬に、残る余韻をまた飲み込んで、消える隙間を見送った。
言いたいことは、我侭でもなんでもないのかもしれないと、時々思う。
一人になって俯くと溜息が出た。
頭がぼんやりとしている。
毛布の裏で膝を曲げて頬を埋める。
イトくんの進路を、それとなく聞いたら、きちんと答えが返ってきた。
なぜなのか不思議な気がする。
素直に喜べないのもきっと、責任を勝手に感じている私だけの拘りなのだろう。
イトくんは自分で自分のことを決められる人だったし、不自然な進路でも、ないのだけれど。
……だったらなんで東京の大学なんて見に行ったのだろうとか、私をお母さんのお墓参りに連れて行ったあの日のことは、どんな意味があったのだろうとか。
迷っていると言っていたのにとても自然に彼が言うから、傍にいたいのだと目でいうから、頷くだけで終わってしまった。
ドアが開いたので膝から頬を離した。
幼い頃から見慣れた姿に、ぼやけた頭を向けて瞬きをする。
ベッド脇に彼が寄ってきてしゃがんだ。
「買い物に行ってくる。一人で平気かい」
「…イトくん、熱あるんでしょう」
「そこのコンビニまでだから。アイスクリーム買ってきてあげるよ」
優しく笑って、頬を撫でられるので変に恥ずかしくなる。
目を逸らしてあの彼の家での記憶を押し込め、黙って頷いて背中を見送る。
……あんな風にキスされたのは、初めてでびっくりした。
こくりと唾液を飲み込み、朦朧としたまま枕に沈む。
寝てばかりのような気もするけれど、これで早く治ればいい。
学校にいたのなら、ちょうど二時限が終わる頃だろう。
時計の音が規則正しく、小さな部屋を流れていく。
教科書が落ちて、床に潰れるのをかすかに聞いた。