水着と夏風と私と、背の高い人
商店街の高みでは、おもちゃのマーチングバンドが正午を告げていた。古びた仕掛け時計が、しゃらしゃらと鈴を鳴らして人形たちを躍らせている。
七月になった。
生温い風はゆったりした半袖を揺すり、降りしきる蝉の音とともに、梅雨明けをしつこく教えてくれるのだった。
私は腕時計にもなんとなく目を落としてから、また歩き出した。
「えー水着持ってないんだ。彼氏とプールとか行かないの?」
同じ講義を取っている顔見知り以上友達未満の子にそう言われて、水着に意識が引かれやすくなっていたのだと思う。
デパートのショーウィンドウに目がいったのは、そのためだ。
夏だ! 海だ! ……といった売り出し文句の脇には、華やかな花柄の水着が色とりどりにマネキンを飾っている。
スカートが夏風に揺れる。
考えたこともなかった。
だってあの人は身体が弱くて、昔の昔に兄さんと市民プールに行ったときにもあっさりと熱を出したから。
人混みと、熱狂と、気温差と、体力の消耗と、そういうものが伴う行き先は最初から選択肢になかったのだな、と改めて分析してみる。
あの人は、多少無理をしてでもしたいことがあるなら、自分からきちんと言う人なのだし。
……とはいっても、高校生だった頃にうっかり見つけたその手の本には、水着の女の子がいっぱいいたような気がする。
やっぱり本当は好きなのだろうか。
そっと溜息が漏れる。
水着をもうしばらく見つめて、あまり私には似合わない感じだなぁと思ってから、待ち合わせ場所へ向かった。
人混みの切れ目からでも、遠くからでも、背が高いせいか、その人は目立つ。
喫茶店の前で、文庫本を片手にイトくんがこちらに気づいて手を振った。
黄色い木綿地のブックカバー。
「お疲れ。暑かったろう」
「そうでもないよ」
ぽんと頭に手を置かれたので鼓動が少し早くなる。
私は、彼を見上げた。
「……あのね、イトくん」
「ん?」
熱い手のひら。
いつもより、血の気の引いた肌の色。
うん。
私は、幼馴染のTシャツを弱く引いた。
「やっぱり暑いかも。はやく入ろう」
私も、イトくんも、少し笑って、手を繋ぐ。
別に構わないのだ。
私はイトくんと一緒にいたいのであって、普通のデートらしいことをしたいかといえば、それはしたくないわけじゃないけれど、……それより大切なものはいくらでも。