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Scarlet Stitch

本編+後日談
本編 (*R-18)
Extra
番外編
🌸…本編ネタバレあり
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その34

軽く溜息をついて、玄関で見上げた。

秋分の日はあいにくの曇りで、家の中も白く濁っているようだ。
朝から出かけた両親は傘を持っていかなかったけれど平気だろうか。
パジャマに上着一枚で外気に晒されるのはどうしても寒い。
「そういうわけで、今日はいられないから」
幼馴染が目を細めて屈むと、肩掛け鞄が傾ぐ。
触れられた頬は指がひんやりして気持ちが良かった。
「ぼくがいないのは寂しい?」
「……そうかも」
そうかもしれないけれど、……そんなことを聞かれても困る。
頷いたところで、イトくんが今日一日いてくれるとかそういうことでもないのだし。
「早く帰ってきてね」
それだけ言って軽く視線を上げると、目が合った。
眩しそうな微笑が見えた。
ので妙な気恥ずかしさに視線が泳いだ。
風邪が治ってないせいか、少しぼんやりしている頭に何も浮かばない。
間近の気配だけが不思議に落ち着いて息が漏れた。
ふと髪をかきやられて名前を呼ばれた。
脈が不意にはやくなってきたのを感じて離れる。
触れられるのは慣れても、こういう視線はまだ慣れなくて恥ずかしくて落ち着かない。
それでもからだを寄せられて影ができて、前髪が擦れあうのでまぶたが自然に閉じた。
変に首の裏が痺れて、されるままに応えた。
言葉もなく撫ぜられていた腰が感覚にさわぐ。
呼吸が苦しくなる前に頬を包んでいた手が名残惜しげに消えた。
「……じゃあ、行って来るから。あったかくして寝てなさい」
幼馴染の言葉はいつもより静かで、私の声もなんだか小さかった。
「行ってらっしゃい」
「妻が風邪引いた新婚夫婦みたいだね。それ」
かすかに笑いを含んだ声に、肩の緊張がゆっくりと降りる。
どこからそういう発想になるのだろう。
「何言ってるの、もう」
溜息混じりに呟いて、玄関のサンダルを素足に滑らせる。
見送りにもう一度開いたドアの向こうでは、涼しい湿り気と曇り空が、秋の空気に沈んでいた。
風邪っぽい身体で鍵を閉め、ぼんやりと留守番の居間に戻る。
一応弟はまだいたのだと思い出してやっとそちらを気にした。
雨がやんだら部活があるといっていたのに、起きていなかったら意味がない。
ソファに腰を沈めて、パジャマの身体に触れる。
イトくんと違って、自分でも柔らかいと思う。
いつの間にこんなに成長してしまったのかなと、居間の窓から雲を眺めて瞬きをした。

大分時間が経って、もうすぐ昼前なので居間に出てきた。
生姜湯を自分でいれようとお湯を沸かしていると、がちゃりと小さな音がする。
「……はよー。あれ、橋田くん来てねえの」
「お母さんのお墓参りに行くって」
今年は行くのだそうだ。
良く分からない。
「へえ」
意味ありげに見られたので、肩を竦めた。
寝起きの弟が冷蔵庫を開けるのに場所を空ける。
自分用の牛乳パックを口につける享を眺めて、上着を羽織りなおす。
「雨やんだけど、部活は?」
「姉ちゃんの具合による」
ぼそりと言うのに、少し笑った。
意外に律儀だ。
「大会前でしょ。行ってきたら」
「ん」
眉を顰める弟を退けて、湯気を吐き出したやかんを取り上げ火を止めた。
持ち上げると蒸気の音がする。
「子供じゃないんだから風邪くらい大丈夫よ」
「あそ……てかどいて」
弟は冷蔵庫に牛乳を戻したその手で食べ物を漁っている。
私は生姜湯を抱えて、こぼさないように脇を抜けた。
素足に台所の床がしんみりと冷たくて、古いマンションの軋みが秋の部屋に細い。

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