ラジオと花火と、やさしい嫉妬
こんなことがあった。
小学六年生の夏休みだ。
ラジオ体操に行くため、早朝の蝉が降りしきる中を兄さんとイトくんと、私とまだ小さかった弟とで坂道を歩いていた。
兄さんとイトくんは中学生だったから、私たちと違ってラジオ体操への参加義務はない。
けれど中学生は指導側というか、大人の手伝いをしなくてはならないのだった。
住む場所ごとに、一日につき二人ずつ。順番に役割が回ってくる。
その日は兄さんとイトくんが当番だった。
私は暑いなぁと溜息をついて、斜め横で、早朝から元気な蝉にうんざりしていた。
それから変なテレビ番組のテーマを歌う弟と、その手を引いて何かを話すイトくんの背中を眺めて、また空を仰いだ。
急ブレーキとすごいエンジン音がして、カーブを車が回ってきた。
少しひやりとする近さを通り過ぎて、私と弟が立ち止まり、イトくんは一拍遅れてそれに習った。
ぶわりと排気の臭いが立ち上る。
思わず息をついたその時。
一番後ろをやる気もなく歩いていたはずの兄さんが、おもむろに足を速めてわたしの横に顔を出した。
つられて立ち止まった私たちの上に容赦なく日差しは降って、帽子の縁飾りの形に影を作った。
兄さんは断りもなくイトくんの持っていた荷物に手を掛けて、自分の広い肩に引き受けると、
「橋田、おまえ邪魔だから帰れ」
と、言い放った。
イトくんが言い返す前に、ポケットの鍵を高い位置へ放るというより投げつける。
幼馴染のお兄さんは、肩に当たって落ちた鍵をゆっくりと拾い上げた。
「ったいな……」
「いいから帰れ、うちにいろ」
「ハル、」
「言い訳すんな」
困り顏の友人に構うことなく。
兄さんは有無を言わせず弟からイトくんを引き剥がして背を押した。
強く押されてたたらを踏んだイトくんは反論をやめて、天を仰ぎ、頬を掻き。
弟の頭を撫でて、私の肩に手を置いて、何も言わずに帰っていった。
その手の名残があまりに熱かったので、私は驚いて振り向いた。
帰って行く背中を呆然と見送って、蝉のうるささに髪もそよぐままにされていた。
それから、私を無視して弟を引っ張って行く、強引な兄さんの背中を見た。
午前六時の朝空に、緑の葉先が揺れていた。
私は、イトくんのことを、例えばクラスメートのみんなより、少しはわかっていると思う。
それでも多分、永遠に敵わないところに兄さんはいる。
だから時々、本当に時々。
線香花火の最後にぽとりと落ちる光みたいにちっぽけな嫉妬を、昔の兄さんに対して抱くのだ。