その9
中間試験が終わった。
幼馴染はといえば、「テスト期間は早く帰れるので好き」だったらしく、最終日はかなりつまらなそうにしていた。
その神経が分からない。
だけど、それくらいでないと兄さんと仲良くはできないのかもしれない。
兄さんはとても快活で、私からいつも遠い場所にいる人だった。
飲み物を取りに部屋から出ると、ちょうど電話が鳴った。
電子音は、ゲームをしている幼馴染と弟の傍で響いている。
「橋田くん出てよ」
「なんでぼくが?」
「いいから出てよ」
イトくんは、しぶしぶ手を伸ばして子機をとった。
弟はその隙にイトくんのキャラクターを連続技でK.O.した。
「……い、もしもし崎ですが」
空いた手で享を叩きながら、イトくんが滑らかな口調で受話器に話しかける。
『おー、橋田かぁ?』
大声が受話器から漏れ聞こえて私の耳にも届いた。
思わず享と目を見合わせる。
テレビゲームの画面だけがちかちかと光って動いていた。
『オレオレ、オレだよ』
「詐欺か」
イトくんが呆れたように笑う。
そのまま返事も聞かず、隣に立っていた私ににっこりと受話器を押し付けてきた。
「さあ、おまえの大事な兄さんからだよ」
「イトくん話さなくていいの?」
「ハルの声なんて聞いてもなぁ」
幼馴染が眉をひそめた。
「あいつうるさいし」
「仲いいのにね」
見上げると頭をぽんと撫でられてイトくんは弟の元に戻ってしまった。
何となく溜息をついて、受話器を耳に持っていく。
「私だけど。何か用でもあったの?」
『うわ。おまえも橋田も冷たいな。オレの周りはそんなんばっかかよ』
「そんなことないけど。で、何か用?」
『用がないと電話しちゃダメかッ? 実家に! 生まれた家に!』
私は黙って、弟をちらりと見た。
押し付けてしまおうか。
それでも一応気を取り直して、また受話器に耳を傾ける。
母さんが買い物から帰ってくれば、喜んで話に花を咲かせてもらえるのだけれど。
うちは兄さんだけが母さん似で、下の二人は父さんに似ている。
だからといって、別に兄弟の仲が悪いわけではないけども。
「兄さんは元気にしてる?」
『とーぜんのこと聞くなよな、バカ。で、うちの家族は元気で橋田だけ相変わらずふらふらしてんだろー、アハハハハ』
「……」
本当に弟に代わろうか。
そう思っていると、ふと電話向こうの空気が落ち着いた。
なんとなく、分かったので、どうしたの、と聞く。
壁にもたれて話す私を、ちらりと見る視線が幼馴染のものだと、なぜか分かった。
『おまえ、橋田と仲良くやってるか』
受話器を持つ力が、一瞬強まってすぐ抜けかけた。
落とさないように、慌てて持ち直す。
兄さんにそんなことを聞かれるとは思わなかった。
「どうして、そんなこと聞くの」
兄さんはしばらく黙ったあと、言い訳するみたいに続けた。
『ん。いやだから、同じクラスなんだろ?』
「うん……まあまあかな」
『そーか』
「うん」
『よし橋田に代われ!』
突然命令された。
相変わらずだ。
これだから、会わなくとも同じ場所にいなくとも、私はすぐ慣れるのだと思う。
世界のどこかで元気にしている。
――それが分かれば、私はいい。
嫌そうなイトくんに受話器を押し付けて、少し興味深そうに電話を見遣る弟を少し眺める。
それから飲み物を取りに冷蔵庫に向かった。
居間に戻ると、イトくんが隣の部屋に入っていくのが見えた。
どうせ友達同士は、内密の話でもあるのだろう。
あの二人の関係は本当によく分からない。