その33
目覚めると雨が窓を打っていた。
「……寒」
こころなしか熱が上がっているように思う。
薄目を開けて横を見れば、教科書は拾われていて水も替えられていた。
部屋に来ていたのだろうか。
何かが奥を吹きすぎたようだった。
自分でも分からない予感に布団を肩まで抱き込み、指を弱く折る。
どこか越えずにいた深い部分が、最近消えかけている気がする。
糸がほつれかけてきた。
もう一度寝返って頬に枕を押し付けた。
……一ヶ月前の私だったらきっと起こされていた。
それがないのがかえって深みにいるようで、少しだけ怖い。
それとも全部気のせいで、最近、温度や視線を今までよりずっと深く感じることがあるのも、単にこちらの気持ちの問題なのだろうか。
そうだったら自分がどう思うかすら掴めなくてそっと息を漏らす。
ドアの向こうでお母さんの声がするので、もうお昼過ぎだと知った。
随分寝ていたみたいだ。
窓を打つ水滴が、目の端で白い雲に溶けるのを眺めて目を閉じると、朦朧とした頭がまた無意識に沈んだ。
――次の日も休んだ。
移った風邪は性質が悪かったらしい。
イトくんは流石に復帰して学校に行った。
熱は私には珍しく高めで、食欲もない。
気分が優れないまま午前中を無駄に暮らしているとなんだか悲しくなる。
あんまり落ち込んでいるのでお昼を持ってきたお母さんが励ましてくれた。
励ましてくれるのに悪いなあと思うけれど『明日は祝日だから三連休、やったね!』は……正直、あんまり嬉しくない。
大体明日はお祖母ちゃんのうちにお墓参りで、この分だと留守番だろう。
(お父さんもお母さんもお墓参りにはとても律儀だ。)
享が残るかどうかは微妙だけれど、イトくんは来てくれるような気もする。
昔から彼がお彼岸にどこかに行くという話を聞いたことがない。
でも、せっかく治ったものをまた移すのは嫌だから複雑だ。
朦朧とした頭で薄い視界を閉じ、耳を澄ました。
電気のない部屋が薄暗くて、雨がぱらぱらと窓を打つ。
私はここで何をやっているのだろう。
普段からこれ以上気分の悪い日々を多く送っている人が傍にいるのに、私はとても情けない。
風邪になると気が弱る。
起き上がり、水をひと口飲む。
ふと、机上に重なった辞書をなんとなく眺めた。
年上のくせにいつもこちらに頼っているなんて思い上がりだったなと思う。
いろいろと支えてもらって、私のことを無言で分かってくれるからと言いたいことを何も言わないで。
――頼ってばかりいるのは本当は私だ。
水が雨樋を通って庇から滴り光っていた。
今更何を気付いているんだろう。
布団に潜る。
結局あの人がどんな近しい存在に、なったとしても。
私にとっては、ずっと不思議であり続けるのかもしれない。
幼い頃からそうだったのだから、今更早々変わらないだろう。
雨音が静かで、温かい手が静かに私を起こすまで、そのまま浅く緩やかに意識が薄れて眠った。