「月がきれいですね」
新学期もそこそこに、課題は多くて受験もいよいよ近づいて、予習復習も一仕事だ。
小さくため息をついて、ペンを置いてノートに挟むと居間に出た。
涼しい風が腕をひやりとなぜて、つけっぱなしのテレビの前に誰もいないことに首を傾げて、それからカーテンがそよいでいるのに気がついた。
南向きの大窓がカーテンごと開いていた。
男の子たちの話し声が外から聞こえてくる。
そういえば、中秋の名月だとニュースで言っていたような気がする。
覗いてみると予想通り、暗くて寒いベランダで、隣のマンションに住んでいる幼馴染のお兄さんが、弟の亨と一緒に袋いっぱいの大福を頬張りながら空を見ていた。
……風情がない。
先に気付いた弟が振り返って大袋を差し出してくる。
「亨、外いるなら窓閉めて。寒いから」
「姉ちゃんも大福食う?」
そういう問題でもない。
呆れて、こちらを柔らかな顔で振り返った幼馴染のイトくんに視線を移す。
少し血液がよく回るようになって、なんだか頬が熱くなった。
まだ新しい関係に慣れていなくて、家族の前での接し方すらわからなくなってしまう。
それはともかく大丈夫なのだろうか。
イトくんも身体はそう強くないのだから、あまり九月の夜風に当たっているべきではないと思う。
そうやって、心配したところで、私にはどうしようもないのかもしれないけれど。
「ひーこ」
「なあに」
ちょいちょいと手招きをされたので、行こうとしたけれどベランダ用のサンダルは出払っていた。
仕方なくつま先立ちで一歩だけ出て、顔を近づける。
イトくんはにっこりと笑って、
「月が綺麗ですね」
と言った。
私は首を傾げた。
イトくんはにこにこしている。
それから、不意に、何年か前に教えてもらった夏目漱石の逸話を思い出して、私はそのまま居間の中へ後退すると、弟とイトくんから熱い顔をカーテンで隠すことにした。