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Scarlet Stitch

本編+後日談
本編 (*R-18)
Extra
番外編
🌸…本編ネタバレあり
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夏休みの友

兄さんは背丈が高くない。
もちろん私に比べれば頭半分くらいは高いし、平均よりやや小柄、くらいなのだけれど(具体的な数字を話すと怒られるので、言えない)。
それも中学三年に入ってからの話だ。
それまでは、平均よりもずっと小さかった。
おかげで背の高い幼馴染のイトくんと並ぶと中々に目立っていた。
偉そうなのが兄さんの方だから、余計にだ。

小学生時代はその身長差を、兄さんもこっそり気にしていたらしい。
夜中、牛乳を飲んでいるところに鉢合わせたとき、「橋田に言ったら殺すからな」と脅されたこともある。
……このおにいさんは何を馬鹿みたいなことを言っているんだろう。と呆れたことを覚えている。
多分、イトくんはイトくんで、兄さんの風邪一つ引かない丈夫さと抜群の体力に、何も感じていなかったわけではないと思う。
でも、二人はそんなに違っているのに、なぜだかいつも一緒だった。
例えば。
麦茶のグラスを斜向かいに並べて、扇風機の向きで密かな戦いを繰り広げ。
夏休みの宿題を一緒にやっているところなんて、私と兄さんや弟よりもずっと、家族みたいな風景だった。

*

「サッパリ分からん!!」
兄さんが叫んで、夏休みの宿題を放り投げた。
風鈴が、吹き込む風に、リンと鳴る。
文字通りに天井高くに本とノートが飛んで、どさどさとソファで本を読んでいた、私のそばに落ちてくる。
「何をやっているんだおまえは」
反対側に座っていた、兄さんの相棒でクラスメイトでもあるイトくんが前傾姿勢のままでがっくりと呻いた。
ぬるい風の漂う夏休み後半の午前中。
私もイトくんも、とうに宿題なんて終えている。
享は感想文と自由研究に悩み中だけれど、そこまで切羽詰まるほどの量じゃない。
だからこれはすべて、夏休み前半を一切の遠慮なしに遊び倒した兄さんの宿題だった。
可哀想だったので、散乱した本とノートをかき集めてまとめた。
これではイトくんがいくら優しいといっても、勉強を教えたくなんてなくなると思う。
「ありがとう。ひーこには当たっていない?」
「大丈夫だよ」
「よかった」
柔らかく笑う近所のお兄さんの目が少し昔と違うようで微妙に困った。
心配性すぎやしないだろうか。
ノートくらい落ちてきたって痛くない。
「しーらーねー。橋田の説明難しすぎだっつってんだよおお! おまえ頭良いんだから馬鹿なオレにも分かるように説明くらいできんだろ、手抜くんじゃねーよ!」
私は兄さんの言葉が一瞬理解できなくて、イトくんにノートを渡したままの姿勢で固まった。
……すごい言い草を聞いてしまった。
イトくんをちらと見ると、深く溜息をついている。
それでも私の視線にすぐ気づいて「大丈夫」というように目を細めた。
まあ、イトくんが大丈夫というならそうなのだろう。
あまり関わっても良いことはないし、ソファに閉じておいた分厚いファンタジーの本を開いて座り、続きを読むことにする。
なんだかんだと説明を再開するイトくんの言葉はさっきよりも耳馴染みの良いものに変わっていた。
兄さんも無茶なことを言ったわけではないのかもしれない。
窓から見える空がとても、夏だった。
ぬるい空気は快適とは言えないけれど、これはこれで、夏というものなのだし。
扇風機の風がそよかに届いて私の肩あたりまで伸びた髪を、数分に一度、撫ぜていた。

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