帰り道が一緒になってしまった。
なので私は、早足にもならず嫌な顔もせず、肩を竦めて溜息をついた。
「何だい、ひーこ。そんなにぼくが嫌いなのかな」
「どうしてそういう発想になるの?」
私は彼を見もしないで答える。
とても困る。
幼馴染というのは、そんなに甘い関係ではないと思うのだ。
その1
初めて会ったときのことだ。
初めて会ったとき、当然「依斗くん」なんて漢字は読めなかった。
私はだから幼いなりに頭を使って解読し、イトくん、だと信じ込んだ。
イトくんは兄さんが連れてきた。
イトくんは私の一つ上だった。
そして、名前は本当なら「よりと」と読む。
一つ上だったはずのイトくんは、高校三年生のときに突然何を思ったのかフランスに行ってしまい、何を思ったのか今年戻ってきた。
そして当然のように留年扱いになり、高校三年生になった私と同学年同クラスになってしまった。
兄さんはもう大学生になり東京に行ってしまったのに、彼は未だにうちに入り浸っている。
もちろん理由はある。
邪魔なわけでもない。
だけど、困る。
私は彼の存在に、喜ぶでもなく嫌がるでもなく、なんとなく困っている。
ずっとずっと。
――溜息が出るのはそのせい、といっても、この人には分からないだろうけれど。
「……イトくんのことが嫌いなわけないじゃない」
今年初めてクラスメートになった年上の幼馴染を横目で見遣って、私はすぐに視線をもどした。
春も終わりになり、薄紅の静かな夕空が広がっている。
隣から妙に嬉しそうな声がした。
「何、ひーこ。嬉しいことを言うね」
「どういたしまして……」
一緒に歩きたくないというオーラを発しているのにどうして気付いてくれないのだろう。
本当に、この人には困ってしまう。
年上とはいえ一応受験生だというのに、平気で遊び歩いているし。
それなりに余裕があってのことかもしれないけれど。
去年の三月、兄さんは言った。
『緋衣子。橋田、留学するって』
『しかもおフランスだぜ。ふらんす。あいつ本当に頭飛んでんよな。すげえな。意味分かんねー』
私は昔からそんなふうに、兄さんがイトくんのことを誉めるのを聞いていた。
(まあ、どこまでが誉め言葉だったのかは分からない)
そう、馬鹿みたいに頭がいいのは知っている。
でもだからって、私がそうでないという事実は変わらないので彼の余裕を見ていると本当に受験生としての気分が萎える。
きっと、悔しい気持ちもあるんだと思う。
私は本当に普通なのだから。
「あ」
それで思い出して、急に足が止まった。
苦手な生物の参考書を買うはずだった。
「何、どうしたの」
「イトくん、私本屋さん寄るから」
受験生ですから。
そしてご近所の目が気になるから先に帰ってほしいのですが。
私の無言の訴えに気付きもせずに、背の高い幼馴染が余裕げに呟いた。
「あ、今日サンデーの発売日だ」
「……」
私は本当に彼を嫌いではないのだろうか。