11 / 髪が湿る日
「馬鹿みたいでしょう」
「そんなことはないよ」
長いウェーブのかつらをひっぱって、辰さんが後ろから鏡を覗き込んだ。
「やめてよ借り物なんだから」
「いつ使うんだい、これ」
「来週のゼミ合宿でね」
そういうと、幼馴染は毛先から指を外して眉をしかめた。
「合宿で?」
「夜に出し物するから」
あまりそういうのは得意ではないのだけれど、嫌いというわけでもないから。
悪ふざけが過ぎるものでもないし、かつらと衣装くらいなら。
折角夏休みに入っても、結局こういう行事やなにやらがあって、とても変な感じがする。
それに今週から暫くは補講期間だから、学校にも行かなければならない。
まあ、大学へ行く道は好きだし好きな喫茶店もあるし、それは嫌じゃないのだけど。
私に似合わない焦げ茶の長髪を鏡で見つめると溜息が出た。
「準備が面倒くさそうだね」
辰さんがあっさりと後ろでそういうのが聞こえた。
「でも楽しんでおいで」
続けて彼はそう言った。
彼は、本当に変な言い方をする。
何が「楽しんでおいで」か。
親じゃあるまいに。
雲行きの怪しい外を見て、それから幼馴染を振り返って、高一の夏以来の長髪姿で私はふっと息をついた。
「うん。本当はね、少しめんどくさい。宴会での出し物とか、こういう変装とか、苦手なんだよね」
「でもそれ、中学校の頃みたいで懐かしい」
「げっ」
辰さんの声に被せるようにして弟の声が響いた。
補習帰りのワイシャツの肩口はぽつりぽつりとグレーに染まっていた。
濡れているのだ。
部屋に上がる前にふすまから顔を覗かせた弟は、この夏で随分背が伸びた。
「志郎、雨降ってるの?」
「少し。洗濯物はさっき父さんが取り込んだって。」
父は家にいると真面目に家事をやってくれるので私も志郎も父が休日だと嬉しい。
もう、すっかり両親が昼から夕方にいない生活に慣れているものだから、まるで御褒美を貰ったような気になるのだ。
立ち上がって窓を閉めると、ガラス戸に水滴が落ちて伝った。
辰さんがだらけていた身体を起こし、あー雨だね、などと呟いているのが聞こえる。
窓のついでにカーテンも閉めて男性陣に目をやると、志郎が思い出したように私のウェーブを指差した。
「それより姉さん、なにその頭。竹さんの趣味?」
「……そこ。人をなんだと思ってるんだ」
辰さんは低い声で憮然と志郎を睨み、その視線から逃げるようにさっさと階段を上がっていった親友を追撃して同じく部屋を出て行った。
階段の上から声と物音が聞こえる。
いつまでたっても、子供で仲が良くて、結構だなぁと私は思った。
そしてかつらを取って床に放り、ソファに身体を投げ出した。
夕立は音がいい。
眠って聞くと心地いい。
(11 :髪が湿る日)