目次

しんさんとしの

本編

あの夏のこと、思い出した夏のこと。

番外編

何気ないただの日々。

『夏の日々』

『冬の日々』

『ままごと』-パラレル

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26 / 凧糸

父さんと机を境に向かい合い、辰さんはなにやら書類や印鑑をやり取りしている。
私はその日久々に豚のブロック肉を煮込んでおり、柔らかくなるまでは結構暇だった。
かといって火を落とさずにクーラーのある二階まで戻るのもなんだし、ということで台所で冷たい蕨餅を食べていた。
廊下の隙間から居間の風景が三分の一程見えて、話し声がかすかに届く。
就職にはどうやら保証人が要るらしい。
初耳だったし、参考になるなとぼんやり思った。
それを両親ではなく三笠の家に持ってきた辰さんは、それ以外の選択肢を取らない自分を叱れとでも言いたげだった。
父さんは怒らなかったし、叱りもしなかった。
九月に入りまだまだ残暑は厳しいものの、日が暮れる頃には涼しい風が一筋混じる。
気が付くと日の落ちるのが早いようだった。
くつくつと砂糖醤油の煮汁が揺れて吹きこぼれ、コンロの火が赤に染まる。
安物の蕨餅にはきな粉を少しかけすぎていた。
冷蔵庫脇、予定の書かれたカレンダーを仰いで火力つまみを右へ回す。
暖簾の向こう、風に揺れた隙間の居間で、辰さんが深く頭を下げていた。

しんさんとしの
(26 :凧糸)