目次

しんさんとしの

本編

あの夏のこと、思い出した夏のこと。

番外編

何気ないただの日々。

『夏の日々』

『冬の日々』

『ままごと』-パラレル

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シャワー上がりのTシャツ短パン姿で廊下に出ると、電話が鳴った。
「はい、三笠で―」
「ああ志野?」
「……」
濡れた髪を片手で拭き取りながら、子機ごと居間に移動する。
裸足の裏に畳の目がじかに触れる。
「もしもし? あ、…すみませんおばさんですか」
「ううん、私。何」
「いやね、大したことではないけどね」
網戸越しの日差しが眩しい。
夏休みが始まったばかりの空気がひどく懐かしい。
七月ももうすぐ終わる。
「こちらは風が涼しいよ」
「そう。こっちは暑いけど」
「景色がとてもいいよ」
「ふうん」
特に嬉しそうでもなく、私に聞かせたくて話しているかどうかも定かではなく、けれど彼の声はいつものようにゆったりとして落ち着いていた。
電話線なんてないみたいに。
前髪から落ちた水滴が、膝小僧を伝って足首までに蒸発する。
「志郎はどうしてる?」
「朝から部活よ」
「志野は何してたの」
「シャワー浴びてた」
「……今どんな格」
「切るよ、じゃあね」
外線ボタンに指を伸ばしかけて、一瞬止めた。
窓際で夏の声がする。
今日も晴れている。
ラジオ体操を終えた子供たちの帰り道だから、いつもこの時間帯はにぎやかだ。
そっと耳に電話を当てると、暫くして声がした。
「もしもし」
「なあに」
「明後日には帰るよ」
家族以外の、どの声よりも聞きなれていた。
私は濡れた髪を耳にかけて、ガラス戸の外を見上げた。
「そう」
「うん、そう。他の皆に宜しく」
「うん。」
「それではね」
「うん」
風鈴が小さく響いた。
午前中の七月は、今日も空が青い。

しんさんとしの
(013:telephone)