18 / 幸福にあなたと
夕暮れのにおいが、古い町内には退屈でさえあった。
開けた居間の窓から野球中継が見える家もあり、烏が屋根に止まって鳴いていたりもした。
携帯電話の電源を消したままだったのでメールを問い合わせると葉子さんから他愛のないのが来ていて目を通す。
――夕飯が終わってから返そう。
ぱちん、と閉じて鞄にしまった。
「志野?」
顔を上げると振り返った幼馴染が怪訝そうに見ていた。
バスの途中で一緒になったのは久々だった。
まあ途中で降りて逃げるようなこともないので、同じ方向へたらたらと一緒に帰る。
近所の人に見られるところで並ぶのはなんとなく心理的にどうかと思ったのでとりあえず数歩後ろについていた。
数人と行き違い、時々挨拶をして、相変わらずの町内はまるで変わらず今年を夏を迎えている。
幼馴染は振り返ったままで閉じていた口を開いた。
「志野」
「なーに」
「並んでも並ばなくても、変わらないだろう。いまさら」
夕風が吹いた。
幼馴染の髪は西日に照らされて透けるほど細かった。
つまらなそうな表情をしていた。
「そんなに並んで歩きたいの?」
「別に」
幼馴染はおかしそうに笑って、でも歩き出すまで動く気配を見せなかった。
溜息をつく。
結局並んで歩きながら、でも会話なんて特にはなく、幼い頃とどこまでも変わらなかった。
この町に越してきたのは小学生の頃だった。
それから仲が特別良くもなく悪くもなく、弟と彼ばかりがいつも一緒で、映画に一緒に行ったり意外と気が合って面白いじゃないかと改めて確認したのはごくごく最近だったけれど、それでも私とこの人はいつも変わらずこのままだ。
そういえば、いつだったか、映画館でのことを思い出す。
あれは、悲しい映画ではなかった。
ただ生きることを平凡に描いた暖かな外国語映画だった。
"幸福に"ありしかたないシーンの中、暗闇で隣の人が声もなく泣いたことを風の吹く間に、今さらのように思う。
私達の出会ったバス停からだと先に幼馴染の家の脇を通るけれども、彼が私の家まで無言で着いてきていつまでも座っている日々はそれこそ幼い頃から日常だったので。
自転車がベルを鳴らして通り過ぎた。
「明日映画に行こうか」
辰さんがぽつりと言った。
私は既に予定があった。
辰さんは残念そうな顔をする。
「しかたないでしょう」
「しかたないね」
そうして会話はいつものように途切れた。
私には今でも分からない。
辰さんがいつも何を考えているのかなんて、手に取るように分かることはできない。
それは確かに昔も今も、それを分かち合いたいなんて思わないけれども。
風が吹いては幼馴染の服の端が浮いた。
陽光はまぶしく西から東へ、建物を覆っては長い影をつくる。
それでも薄く薄く押しつぶされる心をそばで見ているのは少しだけ、目にしみる。
(18 :幸福にあなたと)