目次

しんさんとしの

本編

あの夏のこと、思い出した夏のこと。

番外編

何気ないただの日々。

『夏の日々』

『冬の日々』

『ままごと』-パラレル

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16 / 六年前

「志郎、志郎。龍次さんが釣りに行かないかって」
玄関の方で幼馴染の声がしたので感想文の本から顔を上げた。
明るい笑い声がして、アイドリングの音が塀の前でしている。
薄黄色のワゴンが眩しく反射して、見慣れたへこむドアにああと思う。
竹河辰という三つ隣の向かいに住む彼の、叔父さんは、長期の休みや普通の土日に、よく彼を連れて旅行に出かけたりいろいろなところを見せに行ったりする人で、まだとても若い。
私も小さいころから馴染みがあった。
廊下の向こうで騒がしさが増して弟が竹さん、と叫びなにか聞き取りづらいことを言って笑った。
私は窓から顔を出した。
「やあ。暑いね」
幼馴染がすぐに気付いて眩しさに目を細める。
網戸越しにも感じた風がぬるい。
「今夜、魚料理で良い?」
「キャッチアンドリリースだからだめだよ」
「そうなの?」
お土産は期待できなさそうだ。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます。志郎、早くしろよ」
「分かってるってば」
蚊が部屋に入った。
また家の中に頭を引っ込める。
竹河くんは自分の名前の由来となった叔父さんを、とても好きだった。
志郎が弟なら、あの叔父さんはお兄さんなのだろう。
蚊を追いかけて叩き損ねて、諦めて机にまた向かった。
遠くで笑い声が途切れて、エンジン音だけが雲の白さに混じれて消えた。

しんさんとしの
(16 :六年前)