「ただいま」
誰もいないのは分かっていたけれど、鍵を閉めて私はいつものようにそう言った。
プール帰りの匂いが周りに浮かんでいて、閉めきられていた夏の廊下はもやもやと暑い。
洗濯機の蓋をあけて水着を投げ入れる。
半乾きの湿った髪を耳後ろに撫で付けながら、私は脱水ボタンを二回も押した。
今までなら弟も帰宅部で小学生だったから、帰ってくれば誰かはいたのに。
いなくても、いた痕跡はあったのに。
受験になって部活が終わってしまった私は、勉強するしかないので家に帰ってきている。
気晴らしに友達とプールに行ってもやっぱり一日中いるわけにもいかなくて、少しつまらなかった。
誰かがいればその人とべったりするかというと、そういうわけではなかったけれど、それでも気は沈んだ。
お母さんが今週の休みをもらえるまであと四日もある。
居間の鍵を開けてガラスの大窓をいっぱいに引くと、網戸から風がゆっくりと流れ込んできた。
乾ききらない身体にはそれが涼しく、私は暫く網戸の前に佇んでいた。
幼馴染が悪いのではないことくらい分かっていた。
でも弟が今の部活に入ったのは、きっと竹河くんがいたからだ。
意外に弟離れしていない自分がなんとなく嫌いになって腰を下ろして外を見ていた。
中三になれば宿題なんて、そんなに多くない。
自分でしなくてはならないいろいろの勉強を考えることを、少しの間放棄したかった。
「やだなぁ、もう……」
夏用の薄い絨毯の上に仰向けに寝ると天井が遠く見えた。
風鈴が薄い前髪に小さく静かに音を降らせている。
しんさんとしの
(009 :鍵を握る手の平の歌(五年前))
(009 :鍵を握る手の平の歌(五年前))