テレビ画面に、いっぱいの麦の穂が映し出された。
風に流されて、背の高い穂が一斉に流れていく。
美しかった。
ソファに座ってそれを見ながら、私は溜息をつくのも忘れていた。
画面の奥から子役の可愛らしい女の子が手を伸ばし、幼友達の手を捜している。
女の子の帽子には赤いリボンがついていた。
太陽は明るく、畦道は眩しく、絵に描いたような「なつかしい風景」だった。
私は、でもああいうものを知らない。
ここは住宅街だし、町外れの農家一帯もああいう美しさとはかけ離れていた。
私の知っているものは、もっと生活のにおいだらけで、でも自然の匂いはその分遠かった。
私のお供は赤いリボンのついた帽子ではなく、赤いキーホルダーのついた小さな鍵だった。
「いいね、ああいうの」
いつのまに起きていたのか、辰さんの声がした。
見ると、身体を起こしてテレビを眺めている姿がテーブルの端にある。
同じことを考えていたのかなと思う。
外から吹く夏の風は、畑や山の上を緩やかに滑ってきたものではなくて、商店街や寂れた温室のビニールの合間を越えてたまたまうちに分け入ってきたものなのだと思うと、少しがっかりする。
悪くはないけれど。
辰さんは、そんな私をちらと見てから肩を落として頬杖をついた。
「ああ。私も折角幼馴染がいるんだから、ああいう風に輝かしい思い出をはぐくんでみたかった…」
感傷に近い感情に浸っていた私の気分はあっさり萎えた。
何を言っているんだこの人は。
「辰さん」
「なに」
「ばかじゃないの」
相当呆れた声になっていたらしく、辰さんはテレビから目を離しかけて一瞬止まった。
そしてなぜか、いつものように笑った。
「ひどい言い方するな」
その割に全然余裕の顔なので、私は言い返す気も起きず肩を竦めて洗濯物を取りに腰を上げた。
(011 :日常風景2)