28 / 帰り着く扉
喫茶店の座席と氷とコースター。
夕風にそよそよ花が揺れていた。
「それはね、きっと、崖の端を歩いて引きとめられたことがあるからなのよ」
黄昏色の喫茶店で、店主の明菜さんは私の問いにそう言った。
葉子さんの代役で、定休日にちょっとした一日バイトを頼まれたのだった。
カーテンや壁掛けを変えたり、花瓶や小物を綺麗にしたり、テーブルクロスを洗ったり。
改装に大掃除も兼ねるので、狭い喫茶店とはいえ、女手二人で一日中働くと身体の節々がずきずきと痛む。
店主の明菜さんは三十代前半くらいに見える眼鏡をかけた独り身の女性で、左手の指にはもう嵌めてはいない跡があった。
ひぐらしの降る表通りを二人で眺め、アイスティーをストローで混ぜる。
立ち入らない程度に幼馴染の青年と雰囲気が似ているのだ、と話したら、彼女は痕の残る手元を見た。
「志野さんだけじゃなくて、たまぁに、お客さんからも誰誰に似ているって言われるんだけれどね。大抵そういうときは、育った環境が似ているのよ」
「そうですか?」
ではあまり聞いていいことではなかったのかもしれない。
明菜さんは冗談だというように首をかしげて笑った。
「なんてね、違うかもしれない。言ってみただけだから」
「……そうですか」
それなら、やはり似ているのだろうと思った。
アイスティーは優しい味がしたので。
アルバイト代を受け取り、私は頭を一度下げた。
「葉子ちゃんのこと、よろしくね。男兄弟の中で育ったから、久しぶりに気の合う女の子ができたんだって。あなたの話ばっかりするのよ」
「はい」
笑って鞄を肩掛ける。
扉枠には眩い夕陽が滲んでいた。
(28 :帰り着く扉)