夏が終わりを告げて、秋があちこちで姿をちらつかせるように気温は下がりだし、逆に空はだんだんと高くなりつつあった。
また学校が始まって、私はいつものようにバスに乗って電車に乗って、電車に乗ってバスに乗って、を繰り返し始めた。
なにか夏が終わるのが、あっという間で、その年はとても後ろ髪を引かれるようだった。
そして珍しく嫌なことがあった。
ひどく腹を立ててバスから降りて、私は頭の中で何度も何度もその出来事を反芻してはああ言ってやればよかった、と思って、そしてすぐ自信をなくして少し沈んだ。
夏はいつも、すべてが私にとってうまく運ぶ思い出の季節で、でもその季節が終わってしまうと、なんだか全てが夢のように思えてしまう時期が毎年暫く続くのだ。
夏にコンプレックスがあるわけではないのだけれど。
それに夏に嫌なことが今までなかったかというと、そんなことはないのだ。
むしろ大きなことは全部夏に起こっていたような気もするし、すべて私が思い違いをしているだけなのかもしれない。
もやもやした気持ちのまま寂れ始めた近所の商店街を抜けて家の近くの角を曲がる。
と、前のほうを幼馴染が歩いていた。
苛苛しているのを見られるもの癪なので、私はわざとゆっくり歩いた。
なのになんでか彼は私に気付いてしまった。
振り返ってじっとこっちを見ているので、無視するわけにもいかずに軽く手を上げて返事を返す。
一緒に帰りたいとでも言うのだろうか。
それは、ちょっと恥ずかしいから嫌だ。
隣に並ぶくらい私が近づくと、幼馴染は私の顔を覗き込むようにして苦笑した。
「やあ。機嫌が悪いね。」
なんで分かるのだ。
「そう?」
「ん。私が間違ってるのかな」
「……間違ってないけど。ちょっといろいろ考えてたの。」
そう言い捨てて追い抜いた。
機嫌が悪いからって性格まで悪くなるのは、自分でも我慢がならないのだけれど、辰さんはとても正しいから、変わっているけれどそれだけ周りに流されない方だと私は思うから、評価されるかもしれないと思うと気分がよくなかった。
辰さんが少しだけ遅れてついてくる。(でも家の方角が同じなのだから如何ともしがたい)
「志野」
「なあに」
風が出てきた。
夏が過ぎると日が落ちるのが途端に早くなる。
通り過ぎた家から、魚の焼けるにおいがした。
やや間があって、後ろから悠然と構えたいつもの声が降ってきた。
「機嫌が悪くても無視はしないんだねえ。そういうところがすごく」
僅かな沈黙の後「志野らしいね」と付け加えて、辰さんは黙った。
声の感じは穏やかで、誉めているようだったけれど。
それが微妙に取って付けたように感じたのは私の性格が悪いせいなのだろうか。
そう思って、また不意に落ち込んだ。
立ち止まって、幼馴染が追いつくのを待つ。
隣に長身が並んで私の右半分に影が落ちると、私はそちらをちらりと見上げて溜息をついた。
「ねえ、私ってきついと思う?」
辰さんが僅かに瞼を伏せて目を逸らした。
そして上を向いた。
「ふうん……そう」
私は思ったよりずっとショックを受けて歩き出した。
辰さんが慌てて長いストライドで私に並んだ。
慌てるなんて珍しい。
「志野、志野。待ちなさい、まだ何も言ってないだろう。」
「言った。目で言った。」
動悸が増して、私の声が心なしか震えた。
怒っているのとは違うけれど、悲しいのとも違った。
なんだか、私が悪いと体の内側からも言われたみたいで、その衝撃に対処できていないという感じだった。
心は取り乱していないのに、体がその分の衝撃を勝手に受け止めてしまったようで、それすら自分の勝手さであると思った。
でも、これだけは確かだった。
怒っていたわけでは、絶対無かった。
「志野」
辰さんが大きな声でいきなり呼んだ。
私の足が止まった。
「まだ何も言っていないよ。」
私は、幼馴染を振り返った。
私の後ろには夕陽がほとんど落ちかけていた。
そして、視線の先、幼馴染の後ろには、静寂と喧騒の入り混じった夕闇が、秋風を抱いて今にも夜に変わりはじめようと鳥の鳴き声と共に高く高く浮かんでいた。
(006 :一年前―秋)