7/and "Play House"
				
			
			料理をしている最中に小学校の頃なんかを回想していると玄関の引き戸が遠くでささやかに鳴った。
			立秋がすぎている。
			「おかえりなさい」
			台所から顔を出すと、辰さんがただいま、と沈黙の後に呟いて嬉しそうに笑った。
			エプロンで手の甲を拭いて彼が靴を脱ぐまでしばらく待つ。
			「アルバイトの日じゃなかったの?」
			「いや、社員研修があるみたいで今日は休み……と」
			のれんをかきやるようにして幼馴染は台所へと目を向けた。
			「おや、茄子」
			「焼き茄子です」
			「嘘だ。麻婆茄子だろう」
			つまり辰さんは食べたいのだ。
			麻婆茄子が。
			目を見あわせて無言の戦闘ののち肩を竦め、唐辛子があったかどうかに思考をめぐらす。
			全く仕方がない。
			「おじさんは帰ってくるの、明日?」
			「今日の夜。お母さんが迎えに行った」
			辰さんは手を洗いに行ったので、私は台所に戻った。
			数分して気配がしたので振り返ると、背の高いその人は余裕げに台所に入ってきて料理を肩越しに覗いた。
			そして何かおかしげに笑みをこぼした。
			「いやしかし、エプロンで出迎えとかされると夫婦みたいだったね」
			私は目だけで振り返った。
			「何ばかなこと言ってるの」
			こちらは呆れたというのに彼は満点でもくれるみたいに珍しくにっこりと笑って、ひとのくせっ毛を高い位置から撫でてきた。
			眉を顰めて手を払う。
			「邪魔だからやめて」
			「はいはい」
			あっさりと長袖は去り、あとはいつも通りに言葉が続く。
			「何か手伝おうか?」
			「味噌汁。出汁はとってあるから、具からやって。」
			はいはい、と。
			もう一度辰さんが穏やかに応える。
			台所の窓からは、夏にしか見れない雲が夕焼け色してゆっくりと屋根の向こうへ流れ去っていき、どこかでカラスが遠吠えをした。
		
まるでままごとのような距離のある日々が過ぎて行く。
			いつに夕暮れが来るのか分からなく、いつ互いの場所に帰るのかも予感でしか知りえないけれども、気も使わずに子供の頃から変わらぬ会話で無邪気に遊んでいる日々を私は、そしてきっと辰さんも、楽しんでいるに違いないのだ。
			換気扇を回して、ガスのつまみをかちりとひねる。
			油がじゅうと熱気にさらわれてひぐらしをひとときかき消して、幼馴染は隣で味噌を溶いている。
			暦の上ではもう秋だ。
			――西日が眩しい。
			私は菜ばしを持ったまま、窓を眺めて右手をかざした。